緊急事態宣言が解除された東京・新宿から、コリアンタウンとして知られている新大久保に向かって歩いた。かつて外国人の立ちんぼが多くいたこの界隈はどうなっているのか、見ておこうと思ったのだ。
新大久保というと、今も私の脳裏に強烈に焼きついている光景がある。当時、私は23歳。大学を中退し、これから写真と文章の世界で生きていこうと決意したものの、何のあてもなく東京の片隅で日雇いのアルバイトをしながら、色街とはまったく無縁の生活をしていた。
そんな乾いた日々を送るなか、友人に「面白い場所があるから行こう」と誘われたのが、新大久保だった。
JR新大久保駅から歩き、一本の細い路地に入ると、そこには今まで見たことのなかった光景が広がっていた。幅3メートルほどの路地の両側にずらりと南米系の娼婦たちが立っていた。私はあまりの緊張から娼婦たちの顔を満足に見ることができず、顔を下に向けたままだった。街灯に照らされた彼女たちの足の白さと嗅いだことのなかった強烈な香水の匂いが印象に残った。ただただ圧倒されて、通りすぎただけだった。
すでにそんな光景も若き日の自分も過去のものとなってしまったが、当時を思い出しながら、私が初めて外国人の立ちんぼを見た通りにたどり着いた。
そこには、今もぽつりぽつりと立ちんぼの姿があった。コロナ禍であっても、娼婦たちは立ち続けていた。
その数は6人ほどだろうか。タイ人に韓国人、南米系の娼婦、そして、彼女たちを求める客の姿も目につく。
「この辺はいつもと変わらないよ。コロナだっていつも立っているよ」
娼婦たちが夜な夜な現れる路地から、ほど近い場所に暮らす男性が言った。
体一つで社会を生き抜いていける仕事
南米系の娼婦に話を聞いた。一見すると女性のようだが、金髪のカツラを被ったニューハーフだった。
「3年ぐらい前から、週に3、4日来ていますよ。お客さんは、減ったわけでもないですし、増えたわけでもない。いつもと変わらないですよ。月に15日から20日働いて、20万円から30万円稼いでいます」
コロナ禍ということもあり、てっきり客が減っているのかと思っていたので、意外に思った。考えてみれば、この路地の娼婦を求める男たちは、ほとんどが常連客であり、こっそりと買いに来る者がほとんどなのだろう。客層についても聞いてみた。
「現場仕事の人もいますけど、サラリーマンが多いですね。ほとんどが独身の人です。だから、コロナとかもあんまり関係ないんじゃないでしょうか。家族がいる人は、コロナが流行っていたらあまりこういう場所には来ないんじゃないですかね」
なぜ、この場所に立ち始めたのか、気になった。
「以前は、六本木のバーで働いていたんですけど、潰れてしまったんです。コロナとは関係ないです。そのお店には、この通りで働いていた女の子が飲みに来ていて、それでこの場所を知って、生活のために働くことにしたんです」
世界的に経済が大打撃を受けているコロナ禍の中である。店を持つわけでもなく、ただ己の身だけで路地に立つ立ちんぼの仕事は、病気などのリスクは付いて回るが、体一つで社会を生き抜いていける仕事なのだということを再認識した。
一方で、新大久保界隈に事務所を置くデリヘルで働く40代の女性にも話を聞いた。ここ最近は厳しい状況が続くと語ってくれた。
人の欲望は中途半端な規制だけでは止まらない
「私は10年以上デリヘルで働いているんですけど、今までで一番厳しいですね。というのは、これまで何度か売り上げを持って飛んじゃう女の子はいたんですけど、去年ぐらいからその数が一気に増えたんですよ。つい1週間前も1人飛んじゃいました。うちの店は1時間8000円の激安店なので、持っていけるお金は1万円にもならないのに、それほど追い詰められている人が多いんですよ」
彼女自身、40代という年齢もあり、これまでは常連客を頼りにしてきた。ところが彼らが来なくなり、収入は月に10万円ほどになってしまった。
「私は独身で、実家で母親と暮らしているだけなので、生活はできていますけど、1人暮らしだったら絶対に無理ですね。この1年間、収入がほぼゼロになったこともあったので、その時は常連のお客さんに月に20万円ほど援助してもらったこともありました。ただ、もう頼りたくはない。同居している母親も70代なので、もしこの仕事でコロナに感染してうつしてしまったら、取り返しがつかないです。かといって、仕事を辞めることもできないので、早く普通の生活に戻りたいですね」
コロナの影響は紛れもなく風俗業界にもある。しかし、立ちんぼの女性たちにその影響があまり見られないというのは、先週掲載した横浜の若葉町と同じような結果となり、驚きだった。
新大久保から新宿へと戻る道すがら、韓国料理屋が軒を連ねる通りに差し掛かった。すでに時短要請の出ている午後9時を回っていたが、電気を消しただけで、店内のテーブルは埋まっていた。
路上に娼婦を求める男たちしかり、酒場に酒を求める者たちしかり。コロナ禍であっても、人の欲望というものは、中途半端な規制だけでは、そう簡単に止めることはできない。そんなことを思い知らされた新大久保の夜だった。
八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。
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