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政治ドキュメント・菅首相が一発逆転?「5月解散」総選挙の可能性

菅義偉
菅義偉(画像)vasilis asvestas / Shutterstock.com

「こんな日程はそう見ない。国対で示された時にはどよめきが起きて、みんな口々に『本当に解散するつもりなのか』と話していたよ」

菅首相に近い自民党の無派閥議員はこう話した。

衆院では3月9日、首相の肝いりであるデジタル庁設置法案が審議入りしたが、参院では2021年度予算案が審議中だ。この日程が異例なのは、閣僚の取り合いになるため、予算成立の前は大型法案の審議に入らないのが通例だからだ。

読み解くカギは法案の審議日程にある。政府、与党で想定するのは衆院で30時間、参院で25時間程度。委員会でそれぞれ3、4回審議すれば法案採決と成立が見えてくる。自民党国対関係者によると、4月中旬にも設置法は成立する。

通常国会は、この法案が最大の「目玉」であるだけに、成立まで解散はありえない。逆に言えば、成立すれば解散を制約する案件はなくなる。この日程の組み立てに、二階俊博幹事長ら党執行部の中枢が関与しているのは言うまでもない。

首相が視野に入れる解散の時期はどこなのか。首相は3月16日、官邸で就任半年の感想を語る中で「働く内閣として結果を出していく。ただ、秋(10月21日)までの任期なので、情勢を見て考えたい」と述べ、具体的に検討していることをにじませた。

先の無派閥議員が話す。

「あるなら5月の大型連休前後の解散か、7月の東京都議選とのダブル選挙だろう。小池百合子都知事は3月5日午後に自民党本部を突然訪れ、二階さんと会談した。『ダブルを考えているんですか』と探りを入れてきたそうだ」

菅政権が、子育て中の低所得者に限定した追加給付金の支給を決めたことも、都議選までに解散はあるとの見方に拍車を掛けた。子ども1人当たり5万円の給付金は5月以降の支給開始が見込まれ、衆院選になれば与党の実績としてアピールできる。これなら、都議選前の解散に難色を示す公明党も乗りやすいとの計算もある。

永田町では、今この時期に解散情報が流れるのは自民党内の引き締めが狙いで、五輪後の解散が基本線なのは変わらないと見る向きが多い。とはいえ、ここにきて首相が強気になってきているのは事実だ。

その背景について無派閥議員が続ける。

「コロナワクチンの円滑供給にめどがついた。これが大きい。もはや五輪中止はないだろう。4月の国政3選挙も乗り切れる。そんなこんなで、解散時期をあれこれする余裕が出てきた」

「支持率は底を打った」と意気軒昂

確かに、菅首相はコロナ感染の急激な拡大から11都府県での緊急事態宣言発令に追い込まれたものの、段階的な解除にこぎつけるなど、徐々に成果を上げてきている。読売新聞の3月の世論調査は内閣支持率が48%と、2月より9ポイント上昇。NHKでは3カ月ぶりに支持率が不支持率を上回った。

この間、与党幹部の銀座クラブ飲食問題や、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言など、いくつもの不祥事に見舞われたにも関わらず、内閣支持率は上昇に転じた。逆に立憲民主党など野党の支持率は落ちた。

総務省接待問題は菅首相の長男からNTTに飛び火し、省幹部だけでなく総務相経験者も高額の接待を受けていたことが明らかになった。だが、報じるテレビ局も「放送行政の許認可を握る省幹部らを接待してきた」(政府関係者)のは、疑いようのない事実。

武田良太総務相の指示で総務省は実態調査を進めているが、在京民放キー局の政治部記者によると「うちやNHKを含め、全社が戦々恐々としているはずだ」という。政府関係者は「テレビはブーメランを恐れて厳しい報道ができない。新聞も同じだ。新予算が成立すれば、この問題は尻すぼみになる」とみる。

そうした見立てもあり、首相は周囲に「支持率は底を打った。俺もたくさん頭を下げたしな。これからは攻めに転じるぞ」と意気軒昂に話しているという。

実際、4月以降、政権運営の鬼門になるとみられた国政3選挙と都議選でも、菅首相はしたたかに手を打っていた。まずは4月25日投開票の国政3選挙だ。

贈賄罪で在宅起訴された吉川貴盛前農相の議員辞職に伴う衆院北海道2区、立憲民主党の羽田雄一郎元国土交通相の死去を受けた参院長野選挙区の2補欠選挙に加え、買収で有罪が確定した河井案里参院議員の失職に伴う参院広島選挙区の再選挙がそれだ。自民党選対関係者は「全敗はない。1勝1敗1分けだろう」と読む。

北海道は擁立を見送ったが、「現職道議の吉川前農相の長男を次期衆院選に立てるため、批判の矢面に立つ今回は温存した」のが真相だ。前農相は首相の当選同期で、二階派の幹部だったことから「首相と二階氏が恩情を掛けた」という。

選挙戦は、立憲民主党の元職に分があるとはいえ、元女性アナウンサーら複数の保守系候補が立候補を準備するなど混戦は必至だ。「立民に票を取らせなければ、本番の衆院選では優位になる」と目論む。

長野は、羽田氏の実弟を立てる野党が下馬評では有利だが、世襲批判は根強い。実弟は東京・世田谷区議選で落選した過去もあり、自民党候補が善戦する可能性もある。

広島は自民党が強く、既に官僚出身候補を擁立。広島が地盤の岸田文雄前政調会長がポスト菅の目を残すには結果を出すしかない状況にあることも、首相には好都合だ。野党は女性アナウンサーを立てて共闘する方針だが、出遅れ感は否めない。

五輪が突然中止となる事態はまだまだあり得る

都議選の展望はどうか。自民党は2017年の前回都議選(定数127議席)で23議席と大敗。小池都知事率いる地域政党『都民ファーストの会』は55議席で圧勝したが、都民ファは内紛や離党騒動を繰り返し、4年前の勢いはない。

小池与党だった公明党はそんな都民ファを見切り、今回は都議会自民党と選挙協力協定を結ぶ方針。ここ数年、票を大幅に減らし、危機感を強める衆院選比例代表への全面協力を期待しての、小池都知事に対する〝手のひら返し〟だ。

都議会自民党幹部によると「公明党は衆院選での名簿欲しさに、都議選では自分たちの候補がいない選挙区では、自民党候補を応援する。自民党は40~45議席を取って第1党に返り咲き、都民ファは20議席台で惨敗するだろう」。

総務省接待問題と国政3選挙を乗り切り、都議選で復権を果たした勢いで、五輪開催で「人類がコロナに打ち勝った証し」を世界にアピールする――。菅首相の描くシナリオも決して絵空事でもないように思えるが、落とし穴はないのか。

いやある。それは、やはりワクチンだ。シナリオはワクチンの円滑供給がすべての前提となっている。ワクチン次第でシナリオはいつでも画餅に帰しかねないのだ。

1日当たりのコロナ感染者数は全国で増加傾向が鮮明になっており、感染力の強い変異株を主体とする第4波への懸念は強まっている。去年は3月下旬の桜の花見で感染者数が激増し、安倍前政権は初の緊急事態宣言発令に追い込まれたが、今年は花見の季節を前に首都圏の1都3県も3月21日に解除してしまった。

河野太郎ワクチン担当相は3月12日の会見で、6月までに計1億回分(5000万人分)の米ファイザー製ワクチンを供給できると表明。「65歳以上の高齢者3600万人にワクチンを届ける」と大見得を切った。だが、実情は心許ない。

ワクチン対応を取材する全国紙記者が話す。

「製造元のベルギーから4月までに届くのは累計850万人分で、この時点で全高齢者の1割にしか接種できません。5月から供給が増える見込みですが、第3波の渦中にある欧州連合の輸出制限があり、供給に不安が残る状況は変わりません。米国産を回してもらえるかも不明です」

ファイザー製以外のワクチンのうち、英アストラゼネカ製は4月中に承認され、5月には供給可能になりそうだ。しかし、副反応への懸念から敬遠される可能性が高い。米モデルナ製は承認が5月にずれ込みそうで、本格供給は7月以降になるという。

ワクチンの供給が進まず、リバウンドによる感染拡大を防げなければ、五輪を前に日本が第3波より大きい第4波に襲われていないとも限らない。そうなれば安心・安全を確保できず、五輪が突然中止となる事態はまだまだあり得るのだ。

主導権争い「安倍・麻生」連合

ポスト菅を睨んだ自民党内の動きがじわりと始まっていることも、菅首相の政権運営をより難しくさせている。動きの筆頭格は安倍前首相だ。

安倍氏は2月18日、自身が会長を務める、自民党有志議員による『ポストコロナの経済政策を考える議員連盟』の会合を開催。会長代行の岸田氏ら約50人を前に「マクロ経済政策を真剣に考えないといけない」とあいさつし、積極財政と金融緩和の必要性を強調した。出身派閥の細田派に近く復帰することも検討中という。

自民党を取材する全国紙記者が語る。

「安倍前首相は、盟友の麻生太郎副総理兼財務相と『安倍・麻生連合』を作り、ポスト菅で政局の主導権を握るつもりです。2人ともいまは様子見ですが、菅首相では次期衆院選は戦えないと判断すれば、岸田氏か、麻生派の河野氏を後継候補に推し立てる腹づもりだと見られています」

議連メンバーの中堅議員によると、安倍氏は菅政権内で「コロナ復興増税」がひそかに検討されているとして、首相への不信感を強めているという。9条改正を柱とする憲法改正論議や、敵基地攻撃能力容認の議論が進んでいないことにも不満なのだという。

「緊急事態宣言全面解除により、政府内では5月にも第4波がやってくると懸念されています。ワクチン供給が間に合わなければ、都議選の苦戦は必至。安倍・麻生氏はここで首相に引導を渡すつもりです」(同)

自民党内の動きは安倍・麻生氏だけではない。初の女性首相を目指す稲田朋美元防衛相は2月15日、党有志議連『女性議員飛躍の会』の共同代表として、党四役や役員会に女性を登用することなどを柱とする提言を二階幹事長に手渡した。

稲田氏が所属する細田派内にも、稲田氏を推す派内グループを作っており、足場固めを進めている。

菅首相が、のるかそるかも結局はワクチンとコロナ次第。首相のシナリオ通りに展開すれば、自ら衆院・解散総選挙に踏み切り、勝利すれば残り3年の任期と本格政権を手にすることができる。だが、シナリオが破綻すれば「菅おろし」と無残な退陣が待っている。

どちらに転ぶかは、コロナ感染とワクチン供給の行方がはっきりする5月までに見えてくるだろう。

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