
『83歳のやさしいスパイ』
監督・脚本/マイテ・アルベルディ
出演/セルヒオ・チャミー ロムロ・エイトケン
配給・宣伝/アンプラグド
正直、驚きました。「やさしいスパイ」というヌルい邦題からは想像もできない素晴らしさ。自分にとって考えさせられることの多いドキュメンタリーでした。
まず、その手法に驚くわけです。『007』『ミッション:インポッシブル』など、スパイ映画は数あれど、まさかの本物のスパイが潜入した現場をリアルに映像化した作品は、かつてあったでしょうか。
潜入先は南米チリにある老人ホーム。任務は、ターゲットである女性入居者が虐待や窃盗などの被害を受けていないかを調査報告すること。怪しまれないようにスパイ本人がホームに入居する作戦のため、80歳以上の求人募集で採用されたセルヒオはもちろん、ホームの入居者も職員もすべて本物。ドキュメンタリーだから役者も台本も存在しないのですが、入居者のあまりにも自然な表情と、悲喜こもごもの実態にどんどん引き込まれていきました。
パンフレットによると、監督は入居者たちにカメラを意識させない状況を作るために、最小人数のスタッフを撮影開始の2週間前から送り込み、その後、3カ月もかけてじっくり撮ったそうです。映画『カメラを止めるな!』は発想のユニークさで高く評価されたわけですが、本作もまた発想勝負の作品。老人ホームという小さな世界での日常の撮影が実現した段階で、相当の手応えはあったろうと思いますね。
胸ぐらを掴まれたようなショック…
自分も、かつて母親を老人ホームに預けていました。自分たち家族が面会に行った時には見せない素の顔や本音。見えそうでなかなか見えない心の内の孤独や絶望を、本作ではユーモアを交えて見事に描き出していて、胸ぐらを掴まれたようなショックを受けました。
もし5年前に観ていたら、もっと寄り添えたんじゃないか。月に一度、顔を見に行く程度だった面会も、違う形になったかもしれません。そんな後悔とともに、自分自身が入る立場としても相当、身につまされました。
人と和すことのできない自分が集団生活に馴染めるわけもなく、かといって子供もいないので、万が一妻に先立たれたら施設のお世話になるしかない。まあ、それまで生き長らえたらの話ですが…。
本作の優しいスパイは高齢女性たちの人気者になって告白されたりしていましたが、年下好きの自分は、おばあちゃんに迫られてもなぁ…と、つい考えてしまいます。加トちゃんの45歳年下妻とまではいかないまでも、50代か60代の茶飲み友達を作って、老年期の孤独を癒やせたら…と、都合のいい妄想までしてしまいました。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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