『スパイの妻〈劇場版〉』
監督/黒沢清
出演/蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
配給/ビターズ・エンド
今年のヴェネチア映画祭で監督賞を見事、受賞した本作。
まず大前提として、スパイもの映画では、必ず誰かが誰かを裏切ります。たとえば諜報部員だったとして、身を隠しているその時点で周りの人間を欺いているわけです。ここで詳細は一切申し上げられませんが、その法則を頭のどこかに入れて、何が嘘か本当か考えながら、この作品をご覧いただきたい。
もう一つの前提として、本作は欧米にあるような職業スパイの話ではない。では、どういう顛末でスパイの立場になっていくのか、そのいきさつにも注目です。
そして、映画の前半と後半で色合いが変わります。前半は主人公夫婦をめぐる人間関係の横軸がどんどん広がっていき、「…で、何なの?」という気持ちが高まってきますが、そこはグッと堪えていただきたいところ。後半にスパイ映画ならではのサスペンス感がみるみる高まってきますから。
モヤモヤがラストまで消えず…『スパイの妻〈劇場版〉』
太戦前夜の息苦しさは、もちろん今とは比べようもないはず。当時を体験した方からは「こんなもんじゃないよ」とお叱りを受けそうですが、コロナ禍で移動の自由を奪われ、必要以上に感染を警戒してしまう年代の自分にとって、常に圧をかけられている本作の空気感が、今と繋がっているように思えてなりません。
黒沢監督が本作を撮影した時は、当然、まだ何も起きてなかったはずで、狙ったわけではないと思いますが、不思議と符合しています。
世界中の人々が息苦しさを嫌というほど味わっているわけで、審査員の方々も、どこか似た空気を感じたのではないかと想像します。
受賞後に監督がインタビューされていた番組をテレビで見ました。映像の色調を抑え、影の部分を強調して、あの時代の鬱屈した空気感を演出したとおっしゃっていました。
自分が思うに、神戸で撮影された本作は、意外に外ロケが少なく、ほとんど室内で話が展開していくので、まるで舞台劇のようなんですね。それがまた逃げようもない閉塞感を増している原因ではないでしょうか。
とまあ、今の息苦しさにほとほと嫌気がさしている自分は、本作の同時代性に反応してしまいました。
ただ、高橋一生がある国家機密を偶然知ってしまったことから告発を考えるのですが、貿易商として成功し、妻は美しく、何の不満もない暮らしの一切を、どうして捨ててしまえるのか。義憤だけでない動機が分からない。そんなモヤモヤがラストまで消えず、★一つ減らしてしまった次第です。
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