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作家・吉行淳之介“純正九蓮宝燈達成が自慢”~灘麻太郎『昭和麻雀群像伝』

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いわゆる純文学畑の小説家にも麻雀好きは少なくないが、麻雀に関する著書を2冊も出した作家となると、吉行淳之介以外には見当たらない。

1冊は1971年9月に刊行された戦術書『麻雀の研究-笑いながら強くなる本』で、麻雀プロである小島武夫との共著。こちらは十数万部の売れ行きを示したという。

もう1冊が『麻雀好日』で、毎日新聞の朝刊コラムとして毎週1回、1年間連載したものに、小説誌などに掲載された小品を加えたエッセイ集。77年4月に同社から単行本が出版され、80年には角川文庫に収録されている。

吉行といえば、生涯にわたり病気に悩まされ続けたことでも知られており、いわゆる〝雀豪〟のイメージからは、ほど遠い。体力的に徹夜麻雀は無理で、半荘6~7回が限度だった。

吉行自身は麻雀好きのタイプを二つに分類している。一つは徹夜も辞さない体力勝負のデスマッチ派。もう一つはストレス解消派で、当然、吉行はこのグループに属する。デスマッチ派の代表格がムツゴロウこと畑正憲であり、中間派が『麻雀好日』でカットを手がけた福地泡介だろう。

吉行の華麗なる戦歴の中で、特筆すべきは70年2月に役満「九蓮宝燈」を達成したことである。それも純正だった。当人もこれが自慢のタネで、文学全集の自筆年譜に1行書き加えるほどであった。

イメージから想像すると物静かな雀風がしっくりくるが、興に乗ると陽気な一面が顔を出す。「ヤッホー」と掛け声を発し、気の置けない作家仲間の近藤啓太郎や山口瞳らと卓を囲んでいるときは、「う~ん、ダブ東のポンか、だぶとん(座布団)売春だなぁ」などと駄ジャレも飛び出す。

こっそり隠れて“反社会的”ゲーム

もっとも、近藤の麻雀は吉行の数倍にぎやかで、リーチやアガりの際には大声を発して他を圧する。太い腕が目の前をヌーッと通過し、病弱痩身の吉行はしばしば威嚇されたという。

一方、山口は五味康祐や藤原審爾とともに〝文壇の三強〟と称されたほどの腕前だったが、麻布中学における吉行の後輩であったため、麻雀を打っているときも先輩作家を立てていた。吉行に「こら、海坊主!」と挑発されても黙々と顔色ひとつ変えず、控えめな物腰で摸打を繰り返していた姿が思い出される。

名前を挙げた以外にも、佐野洋、三好徹、生島治郎、藤子不二雄A、園山俊二…といった年下の麻雀仲間にも愛され続けた。これも人徳によるものだろう。

『麻雀好日』の文庫解説をした阿佐田哲也は、吉行の雀風を〝宮廷人・吉行淳之介〟と称し、こんな一文を寄せた。

《吉行さんの麻雀はどことなく文芸的で、詩歌の香りがある。雅な宮廷人と蹴鞠でもして遊んでいるような感じである。おそらくご本人も、勝負師たらんとするよりは、ご自分独特の肌ざわりを楽しんでおられるのではないか。麻雀の遊び方としては先進文化国的なのである》

ずいぶん前に吉行と麻雀談義をしたことがある。

灘「麻雀を覚えられたのはいつ頃だったんですか?」

吉行「小学校3年の頃に叔父が家で教えてくれたんだ。最初、九蓮宝燈のかたちを萬子でつくって、これなら一萬から九萬までの何が出てもアガれるというわけ。それで麻雀というのは面白そうだと思ったんだ」

灘「うまい教え方ですね」

吉行「でも、麻雀を本格的にやり始めたのは、旧制高校に入ってからだね。学校の友人たちと打ってたんだ。戦時中だったから、麻雀をやる奴は非国民だなんていわれて、夜中に明かりが漏れたり、牌を混ぜるときに音がしたりすると、警防団にこっぴどく怒られたよ」

灘「当時は敵国遊戯と迫害されて…」

吉行「1クラス20人くらいで、麻雀を知ってるのが4~5人いたんだ。反社会的なゲームをこっそり隠れてやっていた連中だから、僕を含めて戦争なんか嫌いだという人間ばかりだった」

ツキの解明は永遠の謎

灘「その頃でしたら、日本麻雀連盟のアルシーアル麻雀ですよね?」

吉行「そう、1翻つけなくてもアガれる。アルシーアル麻雀はリーチもなければ、ドラもない、東南西北まで回る1荘麻雀。だけど、親がアガらないと連チャンできないルールだから、1荘打つのに1時間くらいしかかからなかった」

灘「そうですね。三色もなければ一盃口もないルールでしたから…」

吉行「その後、リーチ麻雀が盛んになった頃、僕はそれほど抵抗を感じなかったけど、ドラがつくようになって、麻雀もずいぶんギャンブルに近づいたと思ったものだ」

灘「そうですね、アガった後、両ゾロもつくようになり、どんどんインフレ化してきましたが…」

吉行「内容的には昔のルールのほうがよかったような気もするけど、これからやる人はリーチ麻雀から覚えるべきだろうね」

灘「話は変わりますが、麻雀のツキについてはどう思われますか?」

吉行「ツキの解明はニュートンが万有引力の法則を発見したより難しく、永遠の謎でしょう」

現在も日本麻雀連盟は全国規模であるが、ルールはアルシーアル麻雀で打っている。私の持論だが、アルシーアルから入った打ち手は麻雀が強い。まず、キャリアが長い場合が多く、どんなルールにも対応できるからである。

(文中敬称略)

吉行淳之介(よしゆき・じゅんのすけ)
1924(大正13)年4月13日生まれ~1994(平成6)年7月26日没。東京大学英文科除籍処分。編集者を経て54年に『驟雨(しゅうう)』で第31回芥川賞受賞。代表作は『砂の上の植物群』『暗室』『夕暮まで』など多数。

灘麻太郎(なだ・あさたろう)
北海道札幌市出身。大学卒業後、北海道を皮切りに南は沖縄まで、7年間にわたり全国各地を麻雀放浪。その鋭い打ち筋から「カミソリ灘」の異名を持つ。第1期プロ名人位、第2期雀聖位をはじめ数々のタイトルを獲得。日本プロ麻雀連盟名誉会長。

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