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前田日明「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

前田日明
前田日明 (C)週刊実話Web

プロレスファンの中には「信者」と呼ばれ、特定の団体やレスラー個人だけを応援する人も少なくない。とりわけ新生UWFは、そうした信者的ファンを多数獲得することによって、かつてないブームを巻き起こした。

熱心なファンをよく「○○信者」などと呼ぶが、これはプロレスにおいてもよく見られる。もともと「ファン」とは「ファナティック」を略したもので、その和訳は「狂信者」だから、ファンも信者も本来の意味においては大差ない。

しかし、実際に日本語として使われるときのニュアンスは、信者のほうがファンよりも熱心さで上回るイメージがある。

では、ファンと信者では具体的に何が違うのか。往年のプロ野球で例えると、「長嶋信者」というのはしっくりとくるが「王信者」となると何かピンとこない。また、V9時代のジャイアンツよりも当時のタイガースを応援していた人々のほうが、信者という言葉が似つかわしい。

そうして見ると、信者とは三冠王やV9といった確固たる記録や実績では表せない、数値化できない魅力の部分を応援する人々というイメージになるだろう。

それならば、プロレス界に信者が多いのも納得できる。「160キロの直球」「本塁打60本」といった明確な数値の基準や、はたまたオリンピックのような権威がなく、さらには世間から色眼鏡で見られるプロレスを応援するときに、どこか宗教にも似た信仰的なものが生じるのは、決して不思議なことではない。

旗揚げ戦の大会名『STARTING OVER』に込めた思い

それぞれプロレス団体に信者的なファンがいて、個人のレスラーではアントニオ猪木、前田日明、大仁田厚、小橋建太といったあたりが、信者の多い選手になるだろう。ただ、それぞれの団体や選手を崇拝して持ち上げるのはいいのだが、その時に他を引き合いに出してけなしたりするところが、いささかやっかいではあるのだが…。

1988年5月12日、新生UWFの旗揚げ戦は、今にして思えばまさに信徒の集いのようであった。大会名『STARTING OVER』は、ジョン・レノンが5年ぶりに音楽活動を再開した際のシングル盤のタイトルに倣ったもので、「新たな始まり」「再出発」の意味である。

この日に組まれた対戦カードは、高田(現・髙田)延彦VS宮戸成夫(現・優光)、中野龍雄(現・巽耀)VS安生洋二、前田日明VS山崎一夫のわずか3試合。このうち新日本プロレスとの提携時にメインクラスで活躍したのは、前田、高田、山崎だけで、あとの3人は前座選手にすぎなかった。

新団体としての“純度”をアピール

一般的に旗揚げ戦となると、大物ゲストを呼ぶなどして華々しく行われるものだが、試合数も少なく、出場選手の顔ぶれも今ひとつとなると、余程の物好きでないとチケットを買う気にもならないだろう。

しかし、そこをあえて所属選手だけに絞って、新生UWFとしての〝純度〟をアピールしたことは、むしろ信者たちの信仰心を高めることになった。信者たちには、きっと「教祖の前田とそれを支える少数精鋭の使徒たち」と映ったに違いない。

「プロレス道にもとる」と新日を追放された前田の再出発を、信者たちはイエスの復活さながらに受け止め、その結果として前売りチケットはわずか15分で完売。試合当日、後楽園ホールにつながる階段には、開場を待ちわびる信者たちが列をなすことになった。

入場式での前田のあいさつも、また、そうした信者の存在を多分に意識したものであった。

「『選ばれる者の恍惚と不安、二つ我にあり』という言葉がありますけど、プロレス界の中で選ばれた者という自負と、本当にできるんだろうかという不安があります。でも、その不安があるからこそ、毎日、必死で努力してリングの上で命懸けで闘います。それだけです!」

全国的ブームを呼んだ“信者ビジネス”

「選ばれる者~」は、もともとフランスの詩人ヴェルレーヌの言葉であり、前田はこれを引用した太宰治の短編小説『葉』から〝孫引き〟している。

『葉』では「選ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」となっているが、やや異なるのは前田の言い間違いであったか、早口&滑舌の悪さのため周囲が聞き取れなかっただけか…。

これをさらに、新生UWFを持ち上げたマスコミが「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」と微妙に修正して、広く流布されることとなった。

その後、前田本人の意図したものかは定かでないが、こうした〝信者ビジネス〟はピタリと当たり、新生UWFは急速に全国的ブームを巻き起こしていった。

《文・脇本深八》

前田日明
PROFILE●1959年1月24日生まれ。大阪府大阪市出身。身長192センチ、体重130キロ。 得意技/キャプチュード、フライング・ニールキック。

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