田淵幸一「村山タイガースなら帰るが、阪神タイガースなら帰りたくない」2代目ミスタータイガース・村山実の素顔

「泥にまみれ、ボロボロになる」覚悟で監督に復帰

この件をきっかけに筆者は大阪日日新聞から大阪スポニチへ転職するのだが、実はこの転職の裏でも監督の村山が口利きしてくれたことを後に知った。

田淵と筆者の仲を考え、黙って背中を押してくれた優しさには感謝しかない。

1988年、村山は阪神監督に復帰する。

この3年前には吉田義男監督の下、初の日本一を勝ち取っていたが、わずか2年で最下位に転落。阪神は暗黒時代に突入しており、村山は「泥にまみれ、ボロボロになる」覚悟で監督に就任した。

その際、真っ先に田淵にヘッド兼打撃コーチ就任を依頼したのも村山らしい行動だった。

田淵は自分をトレードに出した球団との確執から実現しなかったが、それでも「村山タイガースなら帰るが、阪神タイガースなら帰りたくない」と語った田淵の言葉には村山への揺るぎない信頼が表れていた。

闘志あふれるプレーと浪花節の人情。ファンにも選手にも愛された男、村山実。ミスタータイガースの名にふさわしいその姿は、いまなお阪神の歴史に深く刻まれている。

【一部敬称略】

「週刊実話」9月25日号より

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。