田淵幸一「村山タイガースなら帰るが、阪神タイガースなら帰りたくない」2代目ミスタータイガース・村山実の素顔

「本当の親友なら仕事と別にせんとあかん」

担架で運び出された田淵は病院に直行した。

筆者は法政一高、法大野球部で同期。ポジションも同じキャッチャーだった関係から田淵とは家族ぐるみの付き合いで、記者としてではなく友人として病室まで付き添った。

意識を取り戻した田淵は強烈な吐き気を訴えており、まだ安心できる状態ではなかった。

迂闊だったのは早朝、会社に事情を報告した際、田淵の病状まで口にしてしまったことだ。

報告を受けたデスクが動き、その日の紙面には「田淵再起不能」の大見出しが躍ることになってしまった。

この翌日、田淵を見舞いに来た村山は、帰り際に筆者を手招きで呼んでこう言ったのだ。

「吉見くん、ご苦労さん。せやけどな、本当の親友なら仕事と別にせんとあかん。病状が新聞に出るのは家族を苦しめる。スクープを優先して友をなくしたらあかんで」

その言葉は胸に突き刺さった。

後に、信頼する記者の記事を苦に村山夫人が自ら命を絶ったと知り、彼がなぜそこまで話してくれたのかを理解した。

だからこそ、田淵と親しかった筆者に、プロ野球選手と記者の距離感について本気で忠告してくれたのだ。