本塁打・安打・塁打、3つの最多記録は今も健在 史上最強打線・智弁和歌山の夏【夏の甲子園不滅の記録②】

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「夏の甲子園伝説の記録」の連載2回目で振り返るのは、「史上最強打線」と呼ばれた2000年(平成12年)夏の智弁和歌山(和歌山)だ。

第82回全国高等学校野球選手権大会を制したこのチームは、夏の甲子園における「最多本塁打」「最多安打」「最多塁打」という3つの大会記録を同時に樹立し、25年以上が経った今もそのすべての記録は破られていない。なぜそこまで強かったのか。代表的な試合を振り返りながら、その凄みを検証したい。

実はこの年のチームは、甲子園への出場すら危ぶまれていた。前年秋の近畿大会で東洋大姫路(兵庫)に初戦敗退。本来ならば翌年春のセンバツ出場は絶望的な成績だったが、旧チームの主力が多く残っていたこと、直前の国体で台風によるハードな日程をこなしていたことが評価され、近畿大会で1勝もしていないにもかかわらず異例の形でセンバツに選出された。

そのセンバツでは東海大相模(神奈川)に惜敗して準優勝に終わり、「このままでは終われない」という空気がチーム内に渦巻いたという。その悔しさを糧に迎えた夏、智弁和歌山打線は誰にも止められない快進撃を見せたのである。

名門撃破で刻んだ最多本塁打11本

最初の記録は、チーム最多本塁打11本。山野純平と後藤仁がそれぞれ3本、武内晋一と堤野健太郎が2本、池辺啓二が1本を放ち、それまでPL学園が持っていた10本を更新した。注目すべきは、2回戦と準決勝がノーアーチだったという点だ。つまり実質4試合という短いスパンで、これだけの本塁打を集中的に叩き込んだことになる。

この11本のうち4本が飛び出したのが、3回戦のPL学園(大阪)戦(11-7)だった。後にプロ入りする朝井秀樹からいきなり池辺、山野が本塁打を放ってKOに追い込み、その後も2本を追加。19安打のうち実に9安打が長打という、強豪相手にまったく力負けしない猛攻を見せた。

優勝候補同士の対決で記録を量産したこの試合こそ、智弁和歌山打線の本気度を全国に知らしめた一戦だった。決勝の東海大浦安(千葉)戦でも堤野が2本、後藤が1本を放ち、有終の美を飾っている。

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