【夏の甲子園不滅の記録①】高校野球、いまだ破られぬ"29得点"の伝説 PL学園・KKコンビ最後の夏

阪神甲子園球場

2026年8月5日、夏の甲子園が幕を開ける。高校野球ファンは今年も固唾をのんで試合に熱狂するだろうが、開幕前に振り返りたいのが、40年経った今も大会記録として残り続ける一戦だ。1985年8月14日、第67回全国高等学校野球選手権大会2回戦。PL学園が東海大山形を下したスコアは、29-7。野球の試合とは思えない、桁外れの大差で勝利をもぎ取ったのである。

先制弾から始まった猛攻で史上初の"毎回得点"

試合を動かしたのは2番・安本政弘の先制本塁打だった。1回に2点を先取したPL打線は2回に5点、3回に4点と加点を続け、5回を終える頃には20-1。この時点で勝負の行方はすでに決していた。

だが、PL学園の攻撃は終盤まで緩むことがなかった。7回にもさらに5点を追加し、史上初となる「毎回得点」を達成。最終的にチーム最多得点29点、両チーム合計36点、チーム最多安打32本、両チーム合計41安打という、異例の記録ずくめの試合となった。

元スポーツ担当記者がこう当時を振り返る。

「のちに社会人野球に進み、NTT西日本でもプレーしたPL学園の三塁・笹岡伸好は1人で6安打を放ち、個人最多安打記録も同時に樹立。チーム打率は5割9分3厘、チーム塁打数は45に達し、大会記録の山がこの一戦だけで築かれたのです」

最後は清原が登板という珍場面も

注目すべきは、32安打のうち24本が単打だったという事実だ。長打攻勢で一気に得点を重ねたのではなく、確実につなぐ打撃を積み重ねた結果の29点だった。当時無敵と謳われたPL学園打線の「組織力」を物語る数字が記録として甲子園に刻まれたのだ。

あまりの大差に、終盤は桑田から救援投手にスイッチ。さらに守備固めのはずだった清原和博までもがマウンドに立った。ただ、一方の東海大山形も最後まで食らいつき、終盤に7点を奪い返した。一方的な展開の中にも、両校の意地がぶつかり合った試合だったのだ。

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