「ひばりは百恵を怖れていた」徳光和夫が85歳で明かす昭和スターたちの知られざる素顔

■山口百恵は7年で金メダルを獲った天才

徳光和夫氏(C)週刊実話Web

――百恵さんを語ると、なぜひばりさんが?
徳光 たくさんの歌手を見てきて、僕が一番すごいと思ったのが山口百恵なんです。14歳のデビューから21歳の引退まで、たった7年であんなに成長した歌手はいません。彼女とともに「花の中三トリオ」と呼ばれた桜田淳子、森昌子の二人は、どちらかというとおっとりしていました。
淳子ちゃんがなにかしでかすと、横で見てニコニコしているのが昌子ちゃん、なだめるのが百恵ちゃんだった。三人三様の役割みたいなものがあり、中でも百恵ちゃんは育った家庭環境もあってチヤホヤされたまま行くのではなく、自分で道を切り開いていく人でした。
デビュー当初はミニスカートで歌わされていたのを、抵抗して封印しましたからね。彼女自身が人生設計を立て、このままただのアイドルでは終わらないと考えたのでしょう。
阿木燿子さんや宇崎竜童さん(『横須賀ストーリー』など)、さだまさしさんの『秋桜』、谷村新司さんの『いい日旅立ち』も自ら交渉したと聞いています。

――当時、百恵さんのように自己プロデュースできるアイドルは稀有でした。
徳光 そのことが、のちの中森明菜や松田聖子を生んだと、僕は思うんです。で、山口百恵のすごいところは、美空ひばりさんが彼女のこういったところを怖いと思ったのではないかと考えられることなんです。"もしかすると、この子は自分を追い抜くのではないか"そういう想いがひばりさんにあったのではないかと。
もちろん、ご本人に確かめる機会はなかったのですが、ふと、そう考えることがあるんですね。別の例を出しますと、後輩などを可愛がるという行為は"この子は自分を追い抜かない"という気持ちがあるからではないか。
誰がとは言いませんが、ひばりさんは多くの人を可愛がりましたが、その周辺に百恵さんは出てこないんです。ひばりさんが百恵さんに言及することもあまりなかったと記憶しています。やはり、芸能界で天下を取るような人は、自分を追い抜くことはないだろうと思う人を可愛がると思うんです。
安心ですからね。また、ひばりさんにはこんなエピソードもあります。ある番組で五木ひろしさんが『ひばりの三度笠』を歌ったときでした。もちろん、歌は素晴らしい出来栄えです。ひばりさんがその歌を聴いて、こう言ったんです。半ば笑いながらだったのですが「ひろしくんが女じゃなくてよかった」と。これは本音だなと思いましたね。