江川卓が巨人監督に急浮上! 46年前に交わした「監督就任の密約」を元敏腕記者が衝撃暴露

「巨人監督」は読売との契約条件だった

江川が1978年のドラフト会議で大騒動の末に巨人へ入団した顚末はよく知られている。筆者は当時、大阪スポニチの記者として江川番を担当。ドラフト会議後に雲隠れした江川を探し出し、最初の肉声をスクープしている。

一連の取材では、栃木県小山市にある江川の実家を数週間にわたって張り込んでおり、取材の過程で江川の父親・二美夫氏と親しくなった。

二美夫氏にしてみれば、迷惑この上ない存在だったのだろうが、それでも連日張り付く筆者を憐れんでくれたのか、ある日ふと、こんな話を明かしてくれたのだ。

「吉見さん、朝から晩まで大変ですね。息子のことで体を壊さないでくださいね。申し訳ないので一つだけお話しします。今は書かないでほしいのですが、息子は将来、巨人の監督になりたいという夢があるんです。この約束は読売との契約条件にも入っています」

二美夫氏との約束を守って会社にも報告しなかった「幻のスクープ」だが、この貴重な証言が「江川監督」の裏付けにある。

実際、引退後の江川には何度か現場復帰の機会はあったはずだ。もっとも、多額の借金問題や解説者としての高額な契約金要求などで渡邉氏の逆鱗に触れ、この「約束手形」は不渡りになったと思われていた。

しかし、ここにきて状況は大きく変わった。前述したように渡邉氏はすでに亡くなり、院政によって老害化しかけている原も、盟友であり巨人一筋で通してきた江川ならば、反対する理由はどこにもないはずだ。

現実的には松井監督誕生までのワンポイントになるかもしれないが、それでも江川監督を見たいというファンは多いはず。個人的には江川が親友の掛布雅之を打撃コーチかヘッドに抜擢し、夢のコンビで満員の東京ドームを沸かせる姿を期待している。

松井監督を熱望して旅立ったミスターも、つなぎ役としての“教え子”江川なら、きっと喜んでくれると思っている。

【一部敬称略】

『週刊実話』2月26日号より

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。