“幻のトレード”から球団史に残る1985年の日本一を達成 4代目ミスタータイガース掛布雅之の栄光

野球殿堂博物館の公式サイトより
いよいよ明日から始まる阪神のCS。独走でリーグ優勝を果たし、チーム一丸のVをつかみ取ったが、どこか物足りないのは「ミスタータイガース」と呼ばれる超スター選手がいないこと。4代目ミスタータイガース・掛布雅之の素顔を元スポニチ担当記者が初めて明かす。

自らのバットでのし上がった掛布雅之

阪神タイガースは本当に強くなった。2023年に38年ぶりの日本一を果たし、昨年は2位、そして今年はぶっちぎりの独走でのリーグ優勝だ。

スター選手が揃い、安定した強豪球団へと変貌を遂げた阪神に「暗黒時代」と揶揄された面影はもはやない。

だが、強烈なカリスマ性と圧倒的な存在感で「ミスタータイガース」と呼ばれるような選手は、長らく現れていない。最後に「ミスタータイガース」と呼ばれたのは掛布雅之。球団史に残る1985年の日本一の熱狂の中で、ファンもマスコミも認めた「4代目ミスタータイガース」だ。

思えば掛布ほど期待されていなかったミスタータイガースはいない。入団してすぐ華々しい活躍をした2代目・村山実や3代目・田淵幸一と違い、掛布はドラフト6位(’73年)。

しかも、高校時代のポジションだったショートには藤田平という絶対のレギュラーがいたため、三塁にコンバートされるなど当初は全く期待されていなかったのだ。

それでも掛布は自らのバットでのし上がった。

初めて規定打席に到達した3年目のシーズンオフには、球団から背番号を「31」から「3」に変更する打診を受けたが、掛布はこれを断っている。

華やかな巨人・長嶋茂雄のイメージが強い「3」ではなく、自分の実力でプロ野球ファンに「31番といえば掛布」と言わせる道を選んだのだ。

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