「おまえ、地獄で待ってろよ」芸能界引退・中居正広と故ジャニー喜多川氏“2つの性加害問題”の共通点



国連がジャニーズ問題に言及

2019年9月4日には、東京ドームにおいてジャニー喜多川の『お別れの会』が開催された。

東京ドームでこのような会や葬儀が行われたのは史上初のことであった。

これを演出したのは滝沢秀明で、彼のジャニーに対する深い愛情がうかがえる。

午前11時からは関係者のみ、午後2時からは希望者全員が参加できる会が開かれた。

午前の部にはジャニーズ事務所の所属タレントや芸能関係者、約3500人が集まったが、その中に平本の姿もあった。

「あれは慰霊じゃなくて騒ぎに行ったの。祭壇に向かって手を合わせながら、内心では遺影にパンチで『ペッ!』だよ。『おまえ、地獄で待ってろよ』みたいな。関係者ということで僕が入って、そこにジャニーズの仲間や友達を連れて行った。おちゃらけて、はしゃぎに行ったのであって、泣きに行ったわけじゃない。だからといって、あの場でジャニーへの憎しみを表現するのも、人として違うでしょう。いくらなんでもそれは不謹慎だから。それであのときは祭壇の前でみんなで踊ったの」

20歳そこそこから訴え始めた性加害問題は、50代後半になってようやく陽の目を浴びたが、ジャニーが亡くなったときには「もう一生、責任を取らせることはできなくなったのだ」と、あきらめの心境にもなったという。

「ジャニーに対しては憎いというか、なんていうんだろう。すごく簡単な言葉でいうと『ダマされた』ということになるんじゃないかな。入所していたときは、何も知らない子供だったから、ジャニーの言うことはそのまますべて聞くしかなかった。そこは他のメンバーたちも、みんな同じだったと思う。確かに『それをしなければスターになれないんだ』という、洗脳的なダマしがあったわけ。そうして言うことを聞いた結果、利益という言い方はおかしいのかもしれないけれど、得られた人と得られなかった人たちがいる。得られた人というのは、今でも活躍している。得られなかったというのは、僕たちのように退所せざるを得なかった人たち。そのことに気づいたときの悔しさ、恨みつらみというのは、やっぱりある。だけどそんな憎い相手ではあっても、大前提に憎しみがあるかというと、それはちょっと違う。ジャニーに対してはやっぱりどこかに、当時は憧れの対象だったジャニーズを基礎からつくった人という思いがある」

その点では同じ性被害でも、夜道で見知らぬ男にレイプされたというような例とは、多少なりとも感覚が異なる。

「あと、やっぱり大きな問題として、小中学生とはいえ誘いを断って、事務所を辞めることもできたというのがあるわけ。つらい中にもわずかな選択肢はあった。でも、そうしてしまうとすべてが終わって、夢も希望もなくなる。小中学生の思春期の子供にとって、それを選択することはあまりにも苦痛だった。スターを夢見て頑張って、我慢もしてきたのに、ジャニーの誘いを蹴飛ばしたら、すべてがなくなるということが分かっているから、何もできない。その意味で言えば、ジャニーの性加害に対しては悔しさよりも哀しさのほうが、絶対に上回っている。ジャニーさえいなければという思いはありながら、でも、ジャニーがいなかったらジャニーズ事務所もない。考えは堂々巡りになってしまう」