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レポート『コロナと性風俗』第10回「大阪・兎我野町」~ノンフィクション作家・八木澤高明

(画像)Oleg Elkov / shutterstock

東京駅から乗り込んだ新幹線の、私が座った車両の乗客は10人にも満たなかった。これまで幾度となく新幹線に乗ってきたが、これほど寂しい車両は見たことがなかった。

今年の3月、私は時短要請が出されていた大阪市内の色街の様子を取材するため、大阪へと向かっていた。夜が更けて、私が向かったのは、ちょんの間街として知られる飛田新地だった。最寄駅のJR新今宮駅からタクシーに乗り込む。大阪のローカルスーパーのけばけばしい看板が右手に見えると、もう飛田新地だ。

堺筋を左に折れて飛田に入ったが、艶やかな光に照らされて男たちが常に行き交っていた通りには、人の気配がなかった。街灯が灯っているだけで、以前から見慣れた飛田の風景はどこにもなかったこともあり、この場所が飛田だと認識するのに、しばし時間がかかった。あの華やかな街は、殺風景なゴーストタウンとなっていた。

その足で、同じちょんの間街の松島にも向かったが、同じように働く女性たちも客の姿もなく、街灯だけが通りを照らしていた。

三度目の緊急事態宣言が出される前とはいえ、大阪を代表する色街、飛田や松島からは、すでに日常の景色が失われていた。

大阪の梅田から阪神や阪急などのデパートを目にしながら歩いて10分ほどの場所に、ビジネスホテルや飲食店、ラブホテルが混在する兎我野町という歓楽街がある。近くには多くの性風俗店や「泉の広場」という立ちんぼが多く現れるスポットもある場所だ。大阪の中心部からほど近い場所なのだが、何とも淫靡な空気が流れている街で、東京でいえば東京駅から歩いて10分ほどの場所に鶯谷が隣接しているような感じである。

お店で客を取れなくなった子はアプリでパパ活…

泉の広場は、今から15年ほど前から立ちんぼスポットとして、大阪では広く知られていた。しかし、2年ほど前から徹底的な摘発に遭い、17歳から64歳までの61人もが現行犯逮捕され、今では立ちんぼの姿をほとんど見かけなくなってしまったが、それでも、警察の目を忍んで、こっそり立ちんぼが現れるという。

兎我野町の現状はどうなっているのか、ヒロキ(25歳)と名乗るスカウトマンに話を聞いた。彼は高校卒業後にスカウトとなり、今年で5年目。スカウトだけでなく、兎我野界隈で客引きもしていて、自分がスカウトした女の子が勤める店に客を送り込めば、結果的に自分の手取りも増えることになる。

「僕がスカウトした子は、キャバクラだとかデリヘルで働いているんですけど、コロナ前で月に平均して100万円は稼げました。それが、最悪だった去年の4月、5月には、10万円ぐらいまで落ちました」

風俗や水商売で働く女性たちは、どのような状態なのだろうか。

「去年の3月ぐらいには、キャバクラから風俗へ流れる女の子が結構いましたね。それが、どん底だった4月、5月を過ぎると、風俗からキャバクラへ逆流しました。やはり、お店は夜の8時までは開いていて、キタやミナミは結構お客さんが来たんですよ。今年になってやっと持ち直して、デリの子なんかはコロナ前に戻りつつありました。けど、最近になってまたコロナが増えてきて、お客さんが減ってきました」

風俗嬢が、それ以外の仕事をするというパターンはないのだろうか。

「昼職の話は聞いたことがないですね。お店で客を取れなくなった子は、アプリでパパ活をやったりして、しのいでいるんじゃないですか。とは言っても、アプリだとどうしても副業みたいな感じで、そんなに稼げないと思うんですよね」

変なことを考える客が増えた

コロナ禍にあって、客の減少だけでなく、客の様子に大きな変化が見られるという。

「変な客が増えたんですよ。盗撮する客とか。何度も女の子から連絡が来て、うちのスタッフがホテルに駆け付けたこともありました。それと、この街でも車上荒らしが増えていて、犯人グループが逮捕されたこともあったんです。そんなことは、コロナ前はほとんどなかったことです。コロナで生活が厳しくなり、盗撮でもして何らかの商売にしようとか、変なことを考える連中が増えたんじゃないですか」

私がヒロキと会っていたのは、午後9時すぎ。しかし、人通りはほとんどなく、客引きの男たちだけの姿が目立った。

大阪の風俗嬢たちは、どのようにコロナ禍を生きているのだろうか。大阪市内のデリヘルで働いている和美(32歳)に話を聞いた。

「デリヘルだけじゃなくて、時間のある時に出会い系でもお客さんを探しているんですか、コロナが流行り出してから、なかなかお客さんが見つからなくなってしまいました。新しい子がたくさん入ってきて、メッセージを残しても次から次へと更新されてしまうので、目につきにくいんです。以前なら一週間に4、5人は見つけられたんですけど、最近では月に1人か2人しか捕まらなくなりました」

本業としている、デリヘルの方もやはり、キャバクラなどから流れてきている女性が少なくなく、収入は半減していると、和美は生活の窮状を訴えたのだった。街からも明かりと人が消え、私が訪ねた大阪の風俗街は、これまでにない苦境に立たされているのだった。

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。

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