「チャンスがあれば政治への道を」25歳の小池百合子が語っていた“権力への第一歩”【怪人/快人伝 第11回】

平成5年7月18日、衆院選で当確の報に、花の冠をかぶって祝福を受ける日本新党の小池百合子(C)週刊実話WEB

ハイヒールとミニスカートで挑んだ選挙戦

選挙運動中の小池は、容姿が歌手の桂銀淑やアナウンサーの小宮悦子に似ていたこともあって、なかなかのモテぶりだった。とりわけキャスター時代は、その“美脚”でも視聴者を魅了していたことから、小池は「選挙中もハイヒールとミニスカートで通す」と宣言、街頭に集まった聴衆や追っかけのカメラマンを大いに喜ばせたものである。

なかには街宣車のハシゴに足をかけた小池に、ローアングルでレンズを向ける不届き者もいて、そのたびに彼女はニッと笑って、「ハイ、それ以上、近づいてはダメです」などと注意を促すのが常だった。

結果、日本新党は初の参院選比例区で4議席を獲得、小池は宿願の議員バッジを付けている。

当選後、人気者の小池は週刊誌3誌でコラムを持ち、そのうちの一つ『週刊ポスト』誌でのコラムは、なんと、タイトルが「ミニスカートの国会報告」というものだった。また、これには念が入っていて、毎回、ミニスカート姿の写真が添えられていたのである。

国会議員バッジを付けた小池百合子は、持ち前の鋭敏な政治権力への感覚を発揮し、同時に運の強さも見せつけている。

参院選で初当選を飾った翌年の衆院選で、自民党が敗北。時に自民党を離党して新生党を結成していた小沢一郎の“策謀”により、日本新党代表の細川を首班とする「非自民・非共産」の連立内閣が成立し、政権交代を果たしたことも、小池の運の強さの一つであった。ここでは1年生議員にして、総務政務次官ポストをもらったのである。

また、小池はこのときの衆院選で、参院から衆院に転じるチャンスを得ている。政治のテッペン、首相の座に就くには衆院議員であることが有利となるため、小池にはその“一歩”を踏み出したとの意識があったとみられる。