日本シリーズ伝説の10選【前編】3連敗から4連勝の奇跡…球史に残る“5つの死闘”

画像はAIで生成したイメージ

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今年はソフトバンクとDeNAが激突するが、プロ野球の頂点を決める「日本シリーズ」には、リーグ戦のデータや綺麗事の戦術論など一切通用しない。“異様な殺気”と“剥き出しの執念”が渦巻き、ペナントレースを勝ち抜いた猛者たちが、己のプライド、そして球史に名を刻むためすべてを賭けた戦いを繰り広げるからだ。

そこで、2026年の同シリーズを前に、ファンの間で今なお語り継がれる「10の伝説」を厳選紹介。球史を揺るがした激闘、舞台裏で繰り広げられた緊迫のドラマを解き明かす!

①「阪急vs巨人」の死闘
 長嶋巨人の猛追を打ち砕いた“老練な魔球”の真実(1976年)

1976年の日本シリーズは、前年最下位から奇跡のリーグ優勝を遂げた長嶋茂雄監督率いる「読売ジャイアンツ」と、上田利治監督率いるパ・リーグの絶対王者「阪急ブレーブス」の意地が激突した、昭和球史に燦然と輝く伝説の名勝負だ。

誰もが巨人の勢いを予想する中、開幕から阪急が怒涛の3連勝で一気に王手をかける。しかし、崖っぷちに追い込まれた巨人も「V9の遺伝子」を爆発させ、王貞治らの執念の一発などで奇跡の3連勝を収めた。そして日本中がテレビにかじりついた運命の第7戦、上田監督がマウンドに送ったのは、エース山田久志ではなく、ベテラン右腕の足立光宏だった。

足立が投じた120キロ台の「手元で消えるシンカー」は、王や張本勲といった巨人の最強打線をことごとく幻惑。最後は阪急が4対2で激闘を制し、劇的な連覇を達成した。

「人気では負けても実力ならオレたちだ」というパ・リーグのプライドと、勝つことを宿命づけられた巨人の執念。現代のデータ野球では見られない、男たちの剥き出しのプライドがぶつかり合った秋の夜の死闘は、今もファンの胸の中で熱く生き続けている。

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