日本シリーズ伝説の10選【前編】3連敗から4連勝の奇跡…球史に残る“5つの死闘”

②「西武vs巨人」世紀の決戦!
 視聴率40%超え、お互い「もうどちらが勝ってもいい」と漏らした極限の7日間(1983年)

1983年の日本シリーズでは、広岡達朗監督率いる新興勢力「西武ライオンズ」と、藤田元司監督率いる伝統の「読売ジャイアンツ」が激突した、球史に語り継がれる、まさに最高峰の激闘だった。マスコミが「球界の盟主の座を賭けた戦い」と煽ったこのシリーズは、連日テレビ視聴率40%を超える社会現象となった。

戦いは史上初となる3度のサヨナラ劇が巻き起こる大混戦。巨人の絶対的エース・江川卓が怪我に泣く中、ライバルの西本聖が執念の力投で穴を埋めれば、西武はシリーズ途中で20歳の若き捕手・伊東勤をスタメンに大抜擢する“管理野球”の妙手で対抗した。

逆転に次ぐ逆転、1球ごとに情勢が変わる息詰まる攻防は第7戦までもつれ込む。最後は西武がテリーの走者一掃タイムリーなどで4勝3敗とし、本拠地で初の日本一を掴み取った。

あまりの過酷さに、広岡監督が「どちらが勝ってもいい」と漏らし、巨人の中畑清も「勝ち負けはどうでもよくなった」と後に回顧したほど。互いの意地とプライドが極限まで削り合わされたあの7日間は、今もファンの記憶に刻まれている。

③「西武vs広島」史上唯一の第8戦 
 3連敗からの大逆転劇、19歳・清原和博が見せた涙の真実(1986年)

1986年の日本シリーズは、森祇晶監督率いる「西武ライオンズ」と、阿南準郎監督率いる「広島東洋カープ」が激突した、日本プロ野球史上唯一となる「第8戦」までもつれ込んだ究極のデスマッチだ。

戦いは、第1戦の引き分けから広島が怒涛の3連勝。西武は崖っぷちに追い込まれるが、そこから奇跡の反撃が始まる。第5戦では延長12回裏に工藤公康が自らサヨナラ安打を放ち窮地を脱すると、流れは一変。西武がまさかの3連勝を飾り、3勝3敗1分けで前代未聞の第8戦へと突入した。

運命の最終決戦。西武は2点を追う後半、ルーキー清原和博の左前打から猛追を開始。逆転に成功した直後の8回裏、一塁の守備に就いた清原が、感極まって涙を流したシーンは今も語り継がれる伝説だ。最後はエース・渡辺久信が締め括り、西武が4勝3敗1分けで歴史的逆転日本一を掴み取った。

黄金期西武の底力と、赤ヘル軍団の意地。両チームの執念が10月下旬から11月へと跨がった激闘の1週間半は、今もファンの間で最高峰のゲームとして語り継がれている。