「チャンスがあれば政治への道を」25歳の小池百合子が語っていた“権力への第一歩”【怪人/快人伝 第10回】



「ソープランド」誕生を巡る秘話こうした考え方になったのは、子どもの頃にガールスカウトで活動しており、『備えよ常に』を教えられたことが大きく、一方で母からは『なにも他人と一緒に歩む必要はない。自分の足で歩くことが大事』と、しょっちゅう言われていたからかもしれません」

このときの人物紹介記事も“一助”になったのか、小池は昭和53年、テレビ局にインタビュアーとして起用され、さらに翌年にはトーク番組『竹村健一の世相講談』(日本テレビ系)のアシスタントキャスターに抜擢された。チャーミングな容姿と言葉の切れのよさ、番組の仕切りのうまさなどで人気は急上昇した。

その頃の小池のエピソードに、「トルコ風呂」の名称廃止問題がある。

トルコからの留学生が、日本で「トルコから来た」というと笑われ、こうしたことが国家の尊厳を傷つけるとして、改称運動に発展していた。

これに問題意識を高めた小池は、当時の渡部恒三厚生大臣に直談判。結果、談判からわずか1カ月余で「トルコ風呂」の店の看板は一掃され、以後は「ソープランド」と名称を変えたのだった。改称運動の立役者が、小池だったのである。

時に、ソープランドで泡まみれになっている読者諸賢がいれば、こうした小池の若き日の“功績”を思い出してみるのも一興かもしれない。
(本文中敬称略/この項つづく)

「週刊実話」10月22日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。