「チャンスがあれば政治への道を」25歳の小池百合子が語っていた“権力への第一歩”【怪人/快人伝 第10回】

小池百合子(C)週刊実話WEB

永田町取材歴50年超の政治評論家・小林吉弥氏が実際に会った傑物たちの知られざる素顔を初公開。今回は小池百合子(上)をお届けする。

高市早苗に先を越された悔しさ

去る8月、東京都知事として就任から満10年を迎えたのが、この小池百合子である。只今74歳、都政では圧倒的な存在感を見せつつも、チラリ、国政に対する野望も消えていないのではと、もっぱらなのだ。

こんな声が聞こえてくる。

「昨年10月、高市早苗が日本初の女性首相に就任したとき、小池は相当にショックを受けたといわれている。先を越された悔しさから、割り箸を20本ほどヘシ折ったという話も流れた。

小池という人物は、女性政治家としてはよく周りが見える。戦略が立ち、野心、権力志向も並々ならぬものを感じさせる。ここに来て高市の支持率が低落傾向を見せていることからも、これまで“一休み”していた国政に戻っての女性首相への夢が、チャンスありと見て覚醒したのではとの声が、自民党内で囁かれ始めている」(自民党担当記者)

私が小池に初めて会ったのは、昭和52(1977)年だったと記憶している。いまから49年前、小池は昭和27(1952)年7月生まれだから、25歳のピチピチ娘であった。

兵庫県芦屋市で育った小池は、甲南女子高を卒業して関西学院大学社会学部に入学、その後、貿易商だった父親の関係でエジプトのカイロ市に渡り、カイロ・アメリカン大学東洋学科に入学している。ここでは、将来、アラビア語の通訳を目指したようであった。

しかし、1年足らずでカイロ・アメリカン大学を辞め、カイロ大学文学部社会学科に入学し直した。小池の著書などによると、このカイロ大学在学中は落第あり、同大学の日本人留学生との結婚、離婚ありで、日本航空カイロ支社で現地スタッフとして働くなど、まさに“波乱の学生時代”を送り、そのうえでカイロ大学を首席で卒業したという。のちに「ホントに卒業したのか」の論争も起こったが、真相は“藪の中”で終わっている。

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