「政治の仕組みも、どの政党がどういう政党かもよく知らん」横井庄一が参院選に出馬した意外な顛末【怪人/快人伝 第9回】

昭和47年11月、名古屋市内の熱田神宮で結婚式を挙げた横井庄一と美保子夫人(C)週刊実話WEB

参院選出馬、陶芸…帰還後の人生

その横井は、やがて講演活動、テレビ番組への出演などで“時代の寵児”となり、周囲から担がれて参院選にも出馬したが、あえなく落選。そうした生活がようやく落ち着いたのは、60代になってからであった。名古屋市中川区の自宅を一部改装して「六十路窯」をつくり、陶芸に開眼した時期もあった。

その後、ヘルニアを患ったり、昭和60(1985)年には胃がんの手術を受けたりで、徐々に体調を崩し、平成9(1997)年9月22日、心臓発作を起こして帰らぬ人となる。「恥ずかしながら」と口にして帰還した横井の享年は82。数奇にして波乱の人生だった。


一方、この横井と25年間の結婚生活を共にした妻・美保子夫人は、横井没後も夫の足跡を伝えるため、事績の継承に情熱をかけていた。

美保子夫人は私がインタビューした際も「地震や津波は天災で、戦争は人災。人の心によって防ぐことができます」と口にしていたものだが、その“反戦”への思いを具現化するため、平成18(2006)年に名古屋市中川区の自宅の一部を改装して「横井庄一記念館」を開設。長らく館長を務めていた。

私も見学したことがあるが、記念館は無料で、横井が潜伏していた洞穴の模型、ジャングルで製作した木の繊維を織る機織り機(横井が自ら再現)、ココナッツの実でつくった椀など、50点ほどの“作品”が展示、公開されていたものだ。