インリンが明かす“M字開脚”誕生の意外な理由「セクシーで強い女を表現したかった」

インリン(C)週刊実話Web

芸能界を離れて始まった新生活

インリンは’08年に6歳年下の一般男性と結婚。’10年に長男、’13年に女の子と男の子の双子を出産している。台湾への移住は、長男が赤ちゃんのときにインリンの生まれ故郷である台湾に旅行した際、ご主人が大変気に入り、引っ越すことになったという。

――当時、台湾ではインリンさんの活躍はどれくらい知られていたんでしょう?
インリン 新聞などで「日本で活躍している台湾人がいるよ」と紹介はされていたらしいのですが、ほとんどの人は知らなかったです。バラエティー番組の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)は台湾でも人気だったので、若い人がたまに(私に)気付くくらいでした。なので、騒がれることがなくて、とても居心地がよく楽だったですね。

――台湾のメディアでは芸能活動をしていない?
インリン まったくしていません。専業主婦です。最近は台湾を紹介するYouTube(インリンちゃんねる)を始めたので登録者数は約10万人ほどいますが、ほとんどが日本の方なので。でも、子供たちは「どうしてママにはそんなに(登録者が)いるの?」と訝しんでます。私がM字開脚をしていたことや、『ハッスル』でプロレスをしていたことくらいは知っているようで「ママを怒らせたら怖い、しばかれる」と冗談では言ってますね。

――ご長男は今年から日本の高校に進学して寮に入っているとか。もしかして芸能界に興味でも?
インリン そういうのではなく、日本の大学でデザインを学ぶために自分で進路を決めて寮生活を始めたんです。私と似て頑固というか一本気なので、意志を尊重しています。

――そういえば、インリンさんは一見すると柔和な印象ですが、実は当時からある意味、怖い存在でした。
インリン 私のトレードマークとなったM字開脚も、偶然の産物ではあるんですけど、実は「セクシーで強い女を表現したい」という気持ちから生まれたんです。

――どんな経緯だったのでしょう?
インリン 最初は、’95年に写真家でマルチアーティストのクラタノフ・オブ・ジョイトイさんが立ち上げたユニット『JOYTOY』のオーディションに合格したのがきっかけでした。私が19歳のときです。ユニットは「女性の自立」「個人の尊重」「戦争と暴力への反対」を掲げていて、写真を撮られるときもボンデージ風の衣装を着て、強い女性をイメージしていました。ある日、しゃがむポーズを撮っているときに納得のいく写真が撮れず、クラタノフさんが「そのまま脚をガバッと開いてみようか」と言ったんです。私は戸惑いました。しつけの厳しい家で育ち、幼い頃から「座るときは脚を閉じなさい」ときつく言われてきたからです。でも、でき上がった写真を見たら、すごく格好よく堂々としていて、まさに「強い女」を表現していると思えました。

――おまけにセクシー。
インリン はい。このポーズこそがJOYTOYの世界観を体現していると感動すら覚えたんです。

――以降、何百、何千回とM字開脚をすることになるわけですね。当時はもちろん、今回のような来日の度にバラエティーなどではそのポーズをリクエストされるんじゃないですか?
インリン そう言っていただけるのはありがたいんですけど、実は私、テレビでM字開脚することは基本NGにしてきたんです。衣装がスカートのことが多くてパンチラになってしまうのと、M字をやるときは強くて格好いい女性でいたいので、素の私がやるのはしっくりこなかったんですね。やはり、写真で見てほしいという気持ちが強くて。

――そうだったんですね!? そういう意味で、プロレスでなら、強い女性としての「M字ビターン(M字開脚による洗脳)」もOKだったわけですか。