横井庄一、グアムで28年の潜伏生活から参院選へ…取材で見えた“奇跡の帰還兵”の素顔【怪人/快人伝 第7回】

昭和47年11月、名古屋市内の熱田神宮で結婚式を挙げた横井庄一(左)と美保子夫人

「恥ずかしながら」が流行語になった年

帰国の際、横井は羽田空港で出迎えた当時の斎藤邦吉厚生大臣に、こう伝えたのだった。

「何かのお役に立つと思って、恥をしのんで帰って参りました」

「グアム島敗戦の状況をつぶさにみなさんに知ってもらいたくて、恥ずかしいけれども帰って参りました」

もっとも、その後に開かれた記者会見では、後段の部分を「恥ずかしながら生き長らえておりましたけれども」とも発言している。

この「恥ずかしながら帰って参りました」は同年の流行語となり、さらに横井は「(見舞金をもらい)全部で10万円くらいある。これで一生楽に暮らせる」と発言して、国民の微苦笑も誘ったのだった。

ちなみに、帰還した日の午後2時から1時間のNHKテレビ報道特別番組『横井庄一さん帰る』は、じつに41・2%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)の高視聴率を記録している。

その後、昭和49年2月には、グアムのジャングルで生き延びた話を綴った初の著書『明日への道』がベストセラーになり、「耐乏生活評論家」として全国から講演依頼が殺到することになった。

その横井庄一が、昭和49年7月の参院選に無所属で出馬することになった。

それまで私は、横井と美保子夫人(旧姓・幡新)の2人に、それぞれ1回ずつ会ってインタビューしており、いずれも愛知県名古屋市中川区富田町の自宅で、当時は木造で極めて質素な感じがした。横井は昭和47年11月、京都出身で12歳年下の美保子夫人と見合いで結婚していた。