【深淵ホラー劇場:映画界が封印した『G級の神々』】#10 【日本初インタビュー】『墓地裏の家』メイ役シルヴィア・コラティナが明かすラストシーンの真相 ルチオ・フルチ作品とイタリアン・ホラー復活への思い

ルチオ・フルチ監督の傑作『墓地裏の家』で少女メイ役を演じたシルヴィア・コラティナの独占インタビュー

ルチオ・フルチ監督の傑作『墓地裏の家』で世界を恐怖に陥れた少女メイ――彼女はなぜ絶頂期に引退し、今どのように復活したのか? 日本初の独占インタビューで明かされる「あの難解なラストシーン」の驚愕の真相から、現代の配信事情、それから日本のホラー映画界への熱いメッセージまで、イタリアン・ホラーの歴史と未来の全貌をここに解き明かす。

■ 『墓地裏の家』メイ役シルヴィア・コラティナが語るイタリアン・ホラー復活への挑戦

日本初インタビュー!伝説の女優シルヴィア・コラティナが語るイタリアン・ホラーの現在形とは

イタリアのホラー映画が量産されていた70〜80年代と現在を比べれば、あの爆発的な輝きを失っているのは一目瞭然だ。
しかし逆に言えば、今からイタリアの栄光を築けばいいのではないだろうか。そのような希望的観測と現時点での僅かな情報に基づき、今回は未来を語るに適役な人物へインタビューを行った。それはイタリアン・ホラーの黄金時代と現在を結ぶ女優、シルヴィア・コラティナ。

ルチオ・フルチの伝説的カルト・ホラー『墓地裏の家』(1981)で謎の少女メイを演じたシルヴィアは『Cinghia(ベルト)』(2025)を機に女優活動を本格的に再開した。とはいえ今回の復帰よりはるか前から世界中のイベントで彼女はイタリアン・ホラーの魅力を伝える役割を10年以上担ってきた。シルヴィアは常にホラー映画と共にいたのだ。


■ リゾートを襲う巨大ワニ!子役時代に目撃した「イタリアン・ホラー黄金の夢」


リゾートを襲う巨大ワニ!そこにはイタリアン・ホラーの黄金の夢があった…
シルヴィアは今回のインタビューをいったん終えた後日、イタリアの動物パニック・ホラー『パニック・アリゲーター/悪魔の棲む沼』(1979)についての追記を要望した。彼女にとって本当に大切な映画だったのだろう。リゾート地を襲う巨大ワニの恐怖を描いた本作はイタリアのジャンル映画が輝いていた時代のど真ん中に公開された。当時子役だったシルヴィアは撮影現場をどう見ていたのだろう。

「『パニック・アリゲーター』の撮影現場は本当に貴重な経験でした。ロケ地はスリランカ(旧セイロン)です。7歳の女の子にとって、そんな場所への大陸横断の旅がどれほど特別なものだったか想像してください。息を呑むほど美しく雄大な自然、広大なインド洋、そしてテレビでしか見たことのない珍しい動物たち。私たちが滞在したリゾートは豪華でしたが、周囲には貧困が蔓延していました。子供だった私でも、その現実をはっきりと感じ取ることができました」。

『パニック・アリゲーター』の撮影オフの時はプールで泳いだり、他の子供たちと遊んでいたシルヴィア。セルジオ・マルティーノを始め多くのスターを集めた華やかな撮影オフ時の様子を尋ねたのだが・・・。

「リゾートは立派で小さなディスコまでありました。正直、大人たちが撮影後に何をしていたのかは知りません。おそらく一緒に夕食を食べたり、カクテルを飲んだりしていたのでしょうね」。

当時、7歳だった彼女にビジネスの話を聞くのも無理な話である。しかし彼女はグレート・アリゲーター・チームのマスコットのような存在だったということは憶えているそうだ。シルヴィアは特に監督セルジオ・マルティーノを穏やかで紳士的な人物だったと回想する。彼女は今でもマルティーノと親しい友人で、ローマで開催されるジャンル映画の集まりや海外のコンベンションでよく会うそうだ。特別な経験を共有した人々との再会が彼女にとって如何に喜ばしいことか!

「撮影現場でのことは、すべて完璧に覚えています。撮影後の日常、つまりカメラが回らなくなった後の出来事より、撮影中に経験したこと(すべて覚えています)の方が記憶に鮮明に残っています。恐らく演技をしている時の方が面白かったからでしょうね」。

■ 墓地裏の家で何が起こったのか?『墓地裏の家』ラストの謎を自ら解説!

シルヴィアの代表作を自ら解説!
ルチオ・フルチ監督の『墓地裏の家』は偉大なるホラー映画であり難解な映画としても知られる。そこで『パニック・アリゲーター』の追加インタビューと合わせて『墓地裏の家』についても熱く語ってもらった。
(ネタバレ注意!)

シルヴィア演じる謎の少女が抱く左手のない人形、ラストシーンで少女の左手が服で巧妙に隠されている理由は1つの答えに帰結する。

「『墓地裏の家』で私は二つの役を演じています。フロイトシュタインの娘である少女の幽霊メイと同時に彼の左腕も演じています。フロイトシュタインは再生して永遠の命を得るために人肉を食べ、大人も子供も殺し、その体の一部を自分の体に縫い付けていました。彼が殺人を犯すシーンでは、大人の腕と子供の腕が一緒になっているのが分かります。つまり、私は自分の左腕を彼の体の一部として提供し、多くの人を殺す役を演じたのです。とても特別な経験でした」。

『墓地裏の家』の屋内シーンはローマのスタジオ、屋外シーンはアメリカで撮影された。撮影期間をシルヴィアたちはどのように過ごしたのだろう。

「撮影が終わってからジョヴァンニ・フレッツァ(映画でボブ役を演じた子役)と私は片時も離れず過ごしました。街を歩き回ったり、一緒に遊んだりしました。私たちはとても仲の良い友だちでしたが、フルチ監督とは決して親しい間柄ではありませんでした。私は母とジョヴァンニの家族と一緒にニューヨークを散策しましたよ。何しろ、アメリカにいること自体が夢のようなことだったので、できるだけ多くの場所を見ようとしたんです」。


■ 恐怖の殺人ダンス教室とイタリアン・ホラー最後の輝き


輝かしい子役時代を過ごす彼女だったが…
80年代中盤のイタリアン・ホラーは『デモンズ』(1985)のランベルト・バーヴァら新世代監督の登場で期待に満ち溢れていた。

ルチオ・フルチのスリラー映画『マーダロック』(1984)はそんな高揚感の中で製作された。プロを目指すダンス・スクールの学生たちが次々に殺害される物語だ。『マーダロック』でシルヴィアは殺人を目撃する下半身麻痺の少女を演じた。彼女はプロ・ダンサーを目指すベビーシッターに屈折した感情を見せる。この脆い内面を持ったキャラクターが、彼女の子役時代最後の長編映画の仕事とされている。

「1981年に『墓地裏の家』を撮影した後、フルチ監督は1984年の『マーダーロック』に私を起用したいと言ってくれました。当時私は12歳でした。監督はすでに私のことを知っていたので、この映画 の オーディションは受けませんでした。ただカメオ出演を依頼されただけでした。監督は非常に選り好みをする人だったので、私はとても嬉しく誇りに思いました。監督は子役の私たち(私とジョヴァンニ・フレッツァ)を高く評価してくれていたと聞きました」。

そして『マーダロック』の後、1985年にシルヴィアは女優を引退した。

「1985年当時、女優として引っ張りだこだったのに引退したのは私の意思でした。でも、当時13歳だった私は自分がどれほど恵まれていたのかに気づいていなかったんです」。

シルヴィアは自分の成功に居心地の悪さを感じていた。普通のティーンエイジャーでいたい、街で人に気づかれたくなかった。内気だったシルヴィアは全てを隠す必要があると感じていたのだ。

「当時の私にとって、引退はある意味で安堵であり解放でもありました。もちろん、後になってそれを深く後悔することになりました」。

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