「時間を守れない人間は信用されない」三島由紀夫が25歳の記者に刻んだ人生訓【怪人/快人伝 第1回】

記者として向き合った「三島事件」

このインタビューのあとも、三島は文学のみならず多くの話題を提供し続けた。自衛隊への体験入隊以後も、同年の暮れ、航空自衛隊百里基地からF-104ジェット戦闘機(茨城県)に文士として初めて試乗、翌43年10月には学生らと民間防衛組織「楯の会」を結成している。

また、45年8月には晩年の長編小説『豊饒の海』の最終章、第4巻の「天人五衰」を脱稿し、壮大な作品を完成させている。

それから間もなく、約3年余ぶりに私は三島と“再会”を果たすことになる。

昭和45(1970)年11月25日、時に45歳だった三島は「楯の会」4名と東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乗り込み、憲法改正のためのクーデターを呼びかけた後、割腹自殺を遂げるという凄まじい事件を起こすのである。

私は記者として、刻々と伝わってくる事件発生直後からの最新情報と、生々しく向き合うことになったのだった。
(本文中敬称略/この項つづく)

「週刊実話」7月23日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。