【機密解除で最注目】コンピューターはファミコン並み…月面着陸『アポロ計画』衝撃の裏側

アポロ11号の乗組員。左から船長のニール・A・アームストロング、司令船操縦士のマイケル・コリンズ、月着陸船操縦士のエドウィン・E・オルドリン・ジュニア

米国政府は今年5月に、1940年代から収集された未確認飛行物体(UFO)に関するファイル161件を一斉公開した。これはドナルド・トランプ大統領の指示によるものだが、公開資料にはFBIや米空軍の目撃情報などに加え、アポロ計画時に宇宙飛行士が目撃した未確認物体の記録までもが含まれていた。そこで、再び注目を集め始めたこのミッションにまつわる11の興味深い真実をご紹介しよう。

ちなみに、アポロ11号が人類初の月面着陸をしたのは、1969年7月20日のことだ。

【真実①】「アポロ計画」の動議はソ連への対抗意識だった

1957年10月4日、ソ連はスプートニク1号を打ち上げ、世界で初めて人工衛星を地球周回軌道に送り込むことに成功。冷戦下、敵国に先を越されたアメリカ国民はパニックに陥り、これに対抗するため宇宙開発に注力することとなった。'61年5月25日に、米国大統領ジョン・F・ケネディは「60年代中に人間を月に到達させる」と宣言したのである。

【真実②】アポロは何号まであった?

アポロ1号は、'67年のテスト中に死亡事故が起きて中止に。批判の声が上がり有人での打ち上げが延期されたため、2号と3号の計画は消失した。4~6号は無人でテストを重ね、7号から有人宇宙飛行を実施。'69年の11号で初めて人類は月面に降り立ったが、その後、’72年の17号の月面着陸を最後に計画は終了した。

【真実③】先を越されたソ連の負け惜しみ

'61年にユーリ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行を果たすなど、ソ連は宇宙開発においてアメリカより優位に立っていたが、月着陸計画で敗北。この失策から'70年に月面車「ルノホート」を送り込むことに成功すると、「月探査に人を送る必要はなく、当初から無人探査技術を開発していた」と、負け犬の遠吠え的なコメントを発表した。

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