近本骨折の悲劇…次はサトテルか!? 藤川阪神を襲う「故意死球指令」の戦慄すべき伝統

阪神甲子園球場(C)週刊実話WEB


阪神の近本光司外野手(31)が甲子園球場で行われた広島戦(4月26日)で左手首付近に死球を受け途中交代した。

兵庫県内の病院に直行した近本は「左手首骨折」と診断され、長期離脱を余儀なくされた。

5月6日時点で阪神は16の死球を受けており、これは横浜DeNAの17に次ぐ多さだ。

阪神の藤川球児監督も先の近本死球の試合後、「相対的に見て、ちょっと多いんで。デッドボールを当てられるケースが」と、不信感を露わにしたコメントを発している。

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指令は「俺が責任持つから当てろ!」球界の闇


とりわけ、広島カープの担当だった筆者は、"故意死球"の伝統があった過去を知り尽くしている。

「試合前のミーティングでは監督が『俺が責任持つから当てろ!』と指令を出す例は少なくなかった。勝つための手段でもありますが、相手チームの絶好調のスター選手を潰せば戦力が落ちる上、チームの上昇ムードまで変えられますから」(広島OB投手)

同OB投手は「私も現役時代に指令を受けた」と、筆者に吐露している。

「特に、チームとスター選手の調子が良いときは狙われやすい。次は現在、三冠の佐藤輝明(27)でしょう。その辺は阪神も警戒しています。好調時のバッターはしっかり踏み込んだスイングをしますから、死球を避けにくい。危険です」(阪神大物OB選手)

田淵幸一が野球生命を失いかけた1970年の惨劇


筆者は大阪スポニチ時代、親友で当時"ミスタータイガース"の田淵幸一が、広島のエース・外木場義郎から頭にデッドボールを受け、野球生命を失う寸前までいった現場(1970年)に居合わせている。

田淵はプロ2年目でホームランを連発しており絶好調だった。

三冠王を3度獲得した落合博満は、ロッテから中日に移籍した1年目の宮崎・串間キャンプ('87年)でビーンボール対策の極秘バッティング練習をしている。あるルートで潜入目撃した筆者は「必ず狙われる。それを予想して恐怖感から逃れる練習」と耳打ちされた。

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取材・文/スポーツジャーナリスト吉見健明

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。