【特集】あ然! 骨折しながら3馬身差完勝…競馬記者が選ぶ伝説の最強ダービー馬ランキング【前編】

【7位】 ミホノブルボン(1992年)
「坂路の申し子」が見せた科学的強さ

競走成績:8戦7勝 主なG1:朝日杯・皐月賞・日本ダービー 父:マグニテュード 騎手:小谷内秀夫

血統的な素質よりも徹底したトレーニングで強くなった馬として、競馬史上最も有名な1頭がミホノブルボンだろう。父マグニテュードはさほど実績のない種牡馬。それにもかかわらず無敗でダービーまで制したのは、戸山為夫調教師が坂路を徹底活用した科学的調教の賜物だった。

1992年のダービーは逃げ切りという形での勝利。瞬発力よりスタミナと持久力で勝ちに行くスタイルは現代競馬でも通用するかどうか議論が分かれるが、7戦連続逃げ切り勝ちという完成度の高さはその時代の競馬を超えていた。

菊花賞でライスシャワーに敗れ3200メートルの壁に散ったが、ダービー馬としての輝きは本物だ。戸山師は後に癌で逝去。「鍛えて最強馬を作る」という哲学の具現化がミホノブルボンだった。

【6位】 トウカイテイオー(1991年)
「皇帝の息子」は、骨折しながらダービーを勝っていた

競走成績:12戦9勝 主なG1:皐月賞・日本ダービー・ジャパンC・有馬記念 父:シンボリルドルフ 騎手:安田隆行

大外20番枠から発走し、直線で鞍上がようやく追い出しを開始したのは残り300メートル。それでも2着に3馬身差をつける完勝。皐月賞・ダービーを無敗で制し、父シンボリルドルフに続く「無敗の親子二代ダービー制覇」という前人未到の記録を打ち立てた。

ところが後に明らかになったのは衝撃の事実。ダービーのレース中にすでに骨折が生じており、その状態での完勝だったのだ。骨折4度という苦難の現役生活で、奇跡の有馬記念制覇という「不死鳥伝説」を刻んだトウカイテイオー。ダービーはその伝説の序章に過ぎなかった。骨折しながら3馬身差で完勝するとは、どれほどの能力の持ち主だったのか。この事実を知ると、ダービー当日の映像がまったく違って見えてくる。

なんと10位から8位までのダービー馬に騎乗していたのは、日本ダービーを史上最多となる6勝を記録した競馬界のレジェンドである武豊だ。まさに「ダービー男」といっても過言ではないだろう。

【伝説の最強ダービー馬・後編】へ続く

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