忌野清志郎への“不義理”にファン激怒──“FM東京事件”Tシャツ化に批判殺到

東京FM公式サイトより

TOKYO FMが開局55周年企画として発売したTシャツが、音楽ファンの間で大きな波紋を呼んでいる。

デザインの題材となったのは、1989年に忌野清志郎が生放送でFM東京を痛烈に批判した、いわゆる「FM東京事件」。当時“批判を受けた側”である放送局自らが、その出来事をモチーフに商品化したことで、「不義理ではないか」との声が噴出した。

さらに、タイマーズ関係者が「事前に何も聞いていない」と明かしたことで議論は拡大している。そもそも、 “FM東京事件”とは何だったのか──。

伝説の「FM東京事件」とは——なぜ清志郎は「腐ったラジオ」と叫んだのか

そもそも、あの“FM東京事件”とは何だったのか──。その背景には、当時の放送局による表現規制をめぐり、忌野清志郎とFM東京の間で深刻な対立が生じていた事実がある。

1989年10月13日、忌野清志郎率いる覆面バンド「ザ・タイマーズ」がフジテレビ『ヒットスタジオR&N』に出演した。

本来演奏予定だった曲を外し、清志郎は突如、未発表曲を生放送で披露する。それはFM東京を名指しで「腐ったラジオ」「最低のラジオ」「政治家の手先」と批判する抗議ソングで、司会の古舘伊知郎も出演者も困惑し、スタジオは騒然となった。

放送後には古舘が「不適切な発言があった」と謝罪する事態に発展したが、この“喧嘩”には背景がある。

発端は、RCサクセションのアルバム『COVERS』の発売中止騒動だ。反原発メッセージを含む同作が東芝EMIから発売中止となった際、FM東京は清志郎の楽曲を中心にオンエアを自粛。タイマーズの「土木作業員ブルース」や、清志郎作詞のティアドロップス「谷間のうた」も放送禁止となった。

こうした一連の動きに対し、清志郎が選んだ“最終手段”が、あの生放送でのゲリラ演奏だったのである。

事件後、FM東京は松任谷由実の楽曲放送自粛を通知したとも囁かれ、フジテレビはタイマーズを3年間出禁にした。表現規制と闘ったこの出来事は、日本ロック史に刻まれる伝説となった。

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