【WBCの伝説1】侍ジャパンの軌跡! 「世紀の誤審」を越えた初優勝&不振のイチローが“神”を呼んだ劇的連覇

●第2回大会 不振のイチローが劇的決勝打…「侍ジャパン」が大会連覇!

日本がさまざまなドラマを経て優勝を果たしてから3年後の2009年3月、WBCは第2回大会を迎えた。

原辰徳監督(巨人)の下、イチロー(シアトル・マリナーズ)や松坂大輔(ボストン・レッドソックス)、福留孝介(シカゴ・カブス)、小笠原道大(巨人)、川崎宗則(ソフトバンク)といった前回大会を知る面子に加え、ダルビッシュ有(日本ハム)、田中将大(楽天)、中島裕之(西武)、内川聖一(横浜ベイスターズ)、城島健司(マリナーズ)といった日米のトップ選手を招集し、第1回大会以上のチームを編成して参戦した。

この大会で日本は、台湾、中国、韓国と争った1次ラウンドA組で、韓国に7回コールド勝ちするなど、2勝1敗で2位通過。日本、韓国、キューバ、メキシコで争った2次ラウンド1組は3勝1敗の1位で準決勝に進出した。

2次ラウンドの韓国戦で、村田修一(横浜)が右太ももの肉離れを訴え、日本に帰国するなどアクシデントもあったが、準決勝では、先発・松坂大輔の好投などでアメリカに9-4と快勝。

決勝の相手は、この大会で5度目の対戦となった韓国。3-2でリードの日本は、9回に抑えのダルビッシュの制球が定まらず同点に追いつかれ、延長戦に突入。

延長10回、決勝戦までの8試合で38打数8安打、得点圏では13打数2安打と不振だったイチローが、二死二、三塁から、この試合4安打目となる2点適時打を中前に放ち、日本に勝ち越しの2点をもたらした。

この1打を後に「神が降りてきました」と振り返ったイチローは、大会後に胃潰瘍で大リーグの開幕8試合を欠場するほどプレッシャーと戦っていた。

その裏、続投したダルビッシュは先頭打者を歩かせるも、後続を抑えた。最後は9回裏には曲がらなかったスライダーで打者を三振に打ち取り、死闘に終止符。捕手・城島はダルビッシュに駆け寄り、その他の選手たちも遅れてマウンドに押し寄せた。日本がWBC連覇を達成した瞬間だった。

最優秀選手(MVP)には3勝0敗、防御率2.45の松坂が2大会連続で選出された。

試合後、原監督は「(決勝打となったイチローの)あのセンター前は生涯忘れない」と賛辞を惜しまなかった。原監督は日本代表の呼称に「侍ジャパン」を採用し、この大会から使われるようになった。

【WBCプレイバック2】へ続く

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