科学者から政治家へ“変身”…名門一族のDNAが導いた鳩山由紀夫の決断

 

「政治家に向かない性格」と思われていたが…

そうしたなかで、前号で記したように学者を目指していた鳩山由紀夫は、なぜ突然の政治家転身を図ったのか。

鳩山家の男子は政治への道を歩むのが通例なのだが、生真面目、物静かで目立たない存在だった鳩山は、周囲から「とても政治家には向かない性格」と思われていた。

ところが、鳩山は東京工業大学(現・東京科学大学)工学部助手を経て専修大学経営学部助教授になって間もなく、突然、政界入りを志し、この地位を捨ててしまう。昭和61(1986)年7月の衆参ダブル選挙に、室蘭、夕張などを中心とする北海道旧4区から、自民党公認で出馬の挙に出たのだった。

ちなみに、中選挙区制から現在の小選挙区制に変わり、北海道旧4区の大半は北海道9区となったが、この地は曾祖父の和夫が明治期の開墾で、影響力を発揮したという浅からぬ関係がある。この和夫の功績を記念してか、いまでも「鳩山神社」の鳥居が立っている。

どうやら鳩山の学者から政治家への転身、いや〝変身〟は、略奪婚のすえ妻とした幸の存在によるものが大きかったようだ。幸は元タカラジェンヌの経歴を持ち、当時の芸名は「若みゆき」である。

民主党政権時代、幸が「夫は私を『僕の太陽だ』と言ってくれる」とノロケれば、一方の鳩山は「私は幸によって生かされている」と、真顔で口にしてはばからなかった。

幸の夫「ポッポちゃん」操縦術は、なかなかのものだったのだ。
(本文中敬称略/この項つづく)

「週刊実話」2月26日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。