科学者から政治家へ“変身”…名門一族のDNAが導いた鳩山由紀夫の決断

首相官邸HPより

永田町取材歴50年超の政治評論家・小林吉弥氏が「歴代総理とっておきの話」を初公開。今回は鳩山由紀夫(中)をお届けする。

祖父・鳩山一郎の「友愛」を胸に政治の世界へ

「政治を科学する」とした論理的思考でそれまでの官僚支配を打破し、政治主導による無駄遣い刷新など、機動的かつ総合的な政策決定を目指した鳩山由紀夫。しかし、「妥協」という厚い政治の壁を突破できず、結局は1年足らずで退陣に追い込まれた。

鳩山には、その名前と持ち前の〝お坊ちゃん〟気質を合わせ「ポッポちゃん」の愛称がある一方で、何を考えているか分からぬとして、皮肉を込めて陰で呼ぶ「宇宙人」の異名があった。

この異名が示すように、時に「優柔不断」な態度を見せた鳩山ではあったが、これは祖父・鳩山一郎以来の「友愛精神」という側面もあった。一郎は戦後日本の保守政治において、あの「ワンマン吉田茂」と対峙し続けたことでも知られる。

昭和28(1953)年、一郎は「友愛青年同志会」を立ち上げ、その綱領にかつてのフランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」を反映させ、「われらは自由主義の旗の下に友愛革命に挺身し、左右両翼の極端なる思想を排除して、健全明朗なる民主社会の実現と自主独立の文化国家の建設に邁進する」と宣言した。

この「友愛」を鳩山由紀夫は「革命の旗印ともなった戦闘的概念」と解釈し、政治の世界での「革命」に挑んだのである。

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