「名張毒ぶどう酒事件」の迷宮 被告人獄死、50年に及ぶ再審請求でも見えない出口

裁判官が科学的裏付けのない推論で再審を棄却

弁護団はニッカリンTに17~18%含まれる「不純物(トリエチルピロホスフェート)」が飲み残しのブドウ酒から検出されていない点に着目し、独自に最新の鑑定を実施、有機化合物の専門家である2人の大学院教授は「事件の農薬はニッカリンTではなかった疑いが強い」とする新鑑定書を導き出した。

名古屋高裁は’05年、この新証拠を重視し「他者による犯行の可能性が否定できない」と再審開始を決定。

「不純物は5%以下しか含まれず加水分解されて検出されなかった」とする検察側の主張を「まずあり得ない」と断じた小出裁判長の論旨は明確で、すでに生産が中止されて久しかったニッカリンTの現物を3年かけて探し出した弁護団の地道な努力が結実したかに見えた。

ところがこの後、検察の異議申し立てを境に第7次再審は出口なき袋小路に迷い込む。

事件当時の捜査側鑑定を拠り所に「(弁護団の新鑑定により毒物は)ニッカリンTでないという可能性があることが示されたが、ニッカリンTであった可能性が否定されたわけではない」との禅問答のような結論に至る異議審決定も異様だが、最高裁の差し戻しを受けた’12年の同高裁決定に至っては関係者を驚愕させるに十分だった。

下山裁判長は、飲み残しのブドウ酒から不純物が検出されなかったのは当時の鑑定までに1日以上が経過し、不純物が水で分解されなくなったとみる余地があると指摘。

「(ニッカリンTを使ったとする奥西の)自白と矛盾はない」としたが、この「時間の経過」なる見解は検察官はおろか鑑定人すらそれまで一切主張しておらず、何ら科学的裏付けのない素人の推論を裁判官が一方的に振りかざし再審の扉を閉ざした格好だ。

名古屋高裁において原審の逆転死刑判決から数えて実に12度目となったこの審理で、独自の推論を積み重ね50年越しの毒物論争を振り出しに戻すかのような下山裁判長の暴走には、もはやどんな理由があろうとも奥西という男に無罪を与えない司法の狂気が宿っていた。

(一部敬称略)

名張毒ぶどう酒事件の迷宮・後編」へ続く

取材・文/岡本萬尋