阪神の「ミスター」は名誉であり呪いだった 2代目ミスタータイガース村山実の実像
新人・田淵との関係は“最悪”だった
田淵はルーキーながら正捕手として起用され始めたが、シーズンに入ってからも村山との関係は改善されなかった。
田淵はよく「村山さんは俺のサイン通りに投げてくれない。ストレートのサインを出しても首を振らずに、スライダーを投げてくるんだ」と嘆いていた。
しかも、村山は取り巻きの記者たちの前で、「田淵はキャッチングが下手。外角のボールでミットが流れてボールになる」と指摘した。翌日のスポーツ紙には「田淵はキャッチングがヘタクソ!」という見出しが踊ることになり、両者の関係はさらに悪化していった。
当時、村山のバックでショートを守っていた“牛若丸”こと吉田義男が「俺は球種によって守備位置を変えることがある。なんで捕手のサインを無視する」と注意しても、村山は聞き入れなかったそうだ。
ただ、これは単なる嫉妬や新人イビリではなかったと筆者は確信している。そもそも、村山は田淵入団前のレギュラー捕手だった山本哲也相手でもサインを無視して投げることが多かった。
当時はサイン盗みが当たり前で、相手の裏をかくためサインを無視するのは日常茶飯事だったのだ。
後日、山本も「サイン通りに投げずボールの変化が激しい村山の球は取りづらかった。特にフォークはストライクゾーンからボールになって落ちるためボールの判定になることもあって、悔しさのあまりベンチ裏で私の胸にしがみついて号泣したことが何度もありました。それだけ真剣で、自分のボールに自信があったのでしょう」と筆者に語っている。
周囲に何を言われようが勝利のために我が道を行く。これがミスタータイガースとしての村山の生き方であり、誇りだった。
「週刊実話」9月18日号より
吉見健明
1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。
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