「その昔、旅に魅せられたバカな男がいたんだよ」マウンティオが“観光王”になるまでの軌跡

マウンティオ (C)週刊実話Web
村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前までにやっておくべきこと」、今回はマウンティオのインタビュー(中編)をお届けする。日本観光界の王者を自認する彼は、藤田観光創立者・小川栄一、西武グループの堤義明をもしのぐ、観光に青い情熱を秘めた傑物なのである。

「生まれついての風来坊だったようだ」

「その昔、旅に魅せられたバカな男がいたんだよ」

2日目の夜。マウンティオは揺れていた。安宿のテラスに吊るされたハンモックの上で、西表の生暖かな風に気分が良くなったのだろうか。マウンティオは昔話を始めた。

「オレはね、東京の生まれなんだ。今更取り立てて思い出すことなんてないが、幼稚園児の頃から落ち着きがなく、デパートへ行っても1人で外に出てどこかへ行ってしまう生まれついての風来坊だったようだ。
それからのことは覚えていない。ただ人生が動き出したのは、大学時代だ。背中にバックパック、行き先は東南アジア。湿った風が頬をなでた瞬間、それまでの自分が音を立てて剥がれ落ちた。
初めて“本当の自分”が、自分の中にぴたりと居場所を得た気がした。狭い日本を出て、価値観のまるで違う世界に触れたとき、『どう生きてもいいんだ』と思えた。そこからはイージーさ。楽しけりゃいいってね。
就職活動もコントだと思って、テキトーに超充実した大学生活を送った風にエピソードを並び立てていたら、見事にダマされてくれてね。ポンポンと大企業に合格してしまったんだな」

目の前にいる男はペテン師なのか。いや、大学時代、たった一度の東南アジアへの旅を、まるで世界各地を放浪し、これからの世界を背負っていく可能性を滲ませるぐらいまで話を膨らませる能力は、やはり逸材だったのだろう。

かつてはお笑い芸人を志したこともあったという。人を楽しませること、演じることは天職だった。

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