機動戦士Gundam GQuuuuuuXが未だに賛否を呼ぶ理由「現代のニュータイプ思想」とは何か?

感情インフラ時代の“偽ニュータイプ”たち 

現代はソーシャルメディアで知覚をリアルタイム共有できる。人々は他者の感情、痛み、怒り、思想を即座に知覚できる状態になった。 

この状態は、かつてファーストガンダムが夢想したニュータイプ的テレパシー社会の到来に似ているだろう。 

しかし実際には、感情を共有・共感するのではなく「炎上・分断」へ、他者の痛みに対して「過剰共感・自己破壊」型へ、溢れる情報を共通化して「ノイズ疲弊・思考停止」状態へ陥っている。 

このような“テレパシーごっこ社会”では、本来のニュータイプ的な倫理性や自己否定の覚悟がないままに、知覚と反応が流通していく。 

現代において、もしニュータイプを更新して再定義するならば、他者の声がリアルタイムで届きすぎる社会において、それをノイズではなく、苦しみと責任の構造として読み取り、相互理解ではなく、相互誤読し続ける中で共に生きることを受け入れる者といえるかもしれない。 

情報接続=進化幻想を疑い、沈黙や遅効性を倫理的に選び取る感受性こそが現代のニュータイプ性であり、「わかりあえる」ことを幻想として理解したうえで「わかろうとする責任」を捨てないということだ。 

つまり、過剰共感・過剰知覚社会における「新しいニュータイプ像」という視座があると、『GQuuuuuuX』をめぐる賛否もまた、作品テーマの延長上にあることが見えてくる。