江夏豊「黒い霧事件」「トレード放出」「覚醒剤逮捕」の真相を阪神番記者が激白

「テレビの前に娘を座らせて『これがあなたのお父さんよ』って」

広島では1979年、「江夏の21球」として語り継がれることになる日本シリーズ(対近鉄)での快投で、自身初の日本一に輝いた。

さらに、大沢啓二監督に請われて移籍した日本ハムファイターズでも優勝と通算200勝を達成している。

大沢の勇退に伴って移籍した西武ライオンズでプレーした後、晩年は前例のなかったメジャー挑戦も話題になった。

どのチームに行っても実力で居場所を切り開く、まさに昭和を代表する投手だったことは万人が認めるところだろう。

それだけに現役引退後に多くの人を傷つけ、信頼と期待を裏切ることになった覚醒剤逮捕(’93年)は残念でならない。

逮捕時、すでにフリーになっていた筆者は、日ハム時代にヤクルトのKスカウトの妻との不倫が原因で江夏と離婚していた敏江元夫人を取材しているのだが、その際に聞いた話が忘れられない。

「吉見さん、私は娘に彼(江夏)が逮捕されて移送される姿を見せたんです。テレビの前に娘を座らせて『これがあなたのお父さんよ』って」

記事にはしていないので、江夏は今でもこのことは知らないはずだ。

もし阪神時代に本気で反省し、多くの関係者の助けによって野球ができていたことに気づいていれば、後の人生も変わっていたのではないか。

元夫人の言葉を思い出すたび、そう思わずにはいられない。

【一部敬称略】

「週刊実話」5月22日号より

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吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は〝南海・野村監督解任〟などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。