江夏豊「八百長襲撃計画」(1973年)の真相 阪神番記者だけが知っている田淵幸一の激怒

「明日の中日戦には勝ってくれるな」

「吉見! この悔しさが分かるか! アイツ、完全にやっていたぞ!」

「あれだけ球半分のストライクに慎重なヤツが、あの試合だけはおかしかった」

やり玉に挙がっていたのは中日戦での江夏だ。

シーズン中からの不仲に加え、金田監督との確執や前日の行動を問題視するマスコミ報道もあって、田淵たちは江夏が八百長をしていたと疑っていたのだ。

「明日、ヤツを袋叩きにする。袋に詰めてプールに突き落とせ!」

「いや、ちょっと落ち着け。仮に八百長だったとしても証拠はないだろ。暴力なんかふるえば処分されるぞ。やめて欲しい!」

必死でなだめようとしたが、怒り狂った田淵は「おまえに俺たちの悔しさは分からん!」と、テーブルのお盆をつかんで筆者の頭を殴りつけた。

石頭のおかげで割れたのはお盆だった。

後に江夏は自伝で衝撃的な告白をしている。

中日戦の前日、球団事務所に呼び出され長田睦夫球団代表から「明日の中日戦には勝ってくれるな」「勝つと金がかかるから。これは監督も了承している」と言われ、テーブルをひっくり返して事務所を出たというのだ。

一体、あの3日間に何が起きていたのか真相は判然としない。ただ、敗戦がチーム内の信頼関係の希薄さによる必然だったことは間違いない。

「あの時、優勝していたら俺は阪神を出されてなかった。人生が大きく変わっていただろうな」

奇しくも江夏と田淵は後に同じセリフを筆者に語っている。

現在の2人に過去のわだかまりはなく、偶然、同じ病院に入院したこともあって、会えば昔話に花を咲かせているそうだ。

【一部敬称略】

「週刊実話」5月1日号より

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吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。