風呂のお湯は6分目!「もったいないの大平」の異名をとった“贅沢嫌い”大平正芳の謹厳実直ぶり



角栄は「アイツは政治家でなく宗教家だ」

こうした几帳面さは、一方で大平の人間としての誠実さにも通じていた。

例えば、大蔵省の仙台税務官監督局間税部長時代は、どぶろく密造の摘発も大きな仕事だったが、大平自身がこう記している。

「税務署の密造監視班は、未明からその摘発に取りかかる。発見されると直ちに調書が取られ、即決の処分となるが、その場合、若者は働かねばならないので、たいていは老人が責任を取るようになっていた。時折、その現場に立ち会うことがあったが、私は“権力”と“民草”、治者と被治者の悲しい関わりについて、いつも何かしら割り切れない、やり場のない気持ちに沈んだものである」(『私の履歴書』日本経済新聞社)

なるほど、田中角栄が親しみを込めて、「アイツは政治家ではなく宗教家だ」と評したのがうなずける。

その大平は「アーウーの大平」と呼ばれたように、よどみない演説とは、ほど遠いことで知られていた。

言葉の折り折りで「アー」「ウー」が入り、聞いているほうは半ばじれったくなることが多々あった。

しかし、大平派担当の記者は言っていた。

「大平の言葉は、常に信念に支えられていた。例えば『アーウー』でも、それを抜いてみると、大平の演説はじつに理路整然、格調の高いものだったのです」

色紙などへの揮毫では、よく「水深川静」と記した。重厚な人柄を偲ばせるものであった。

「碩学」として知られた大平は、自らの感嘆を次のように残している。

まさに先の揮毫を彷彿させる、人生の諦観と言えた。

「一瞬が意味のある時もあるが、10年が何の意味も持たないこともある。歴史とは誠に奇妙なものだ」

「矩(守るべき規範、おきて)」をわきまえた稀有な政治家である。

(本文中敬称略/完=次回は鈴木善幸)

「週刊実話」3月26・13日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。