『昭和猟奇事件大捜査線』第7回「5人組の男による集団強盗殺人か?妻が自宅で殺された…」~ノンフィクションライター・小野一光
昭和30年代の初冬――。東京都心にある某駅から600メートルほど離れた派出所に、男女3人が駆け込んできた。
時刻は深夜1時半。彼らの慌てた様子に驚いた警察官が、思わず「どうしました?」と立ち上がった。
「お巡りさん、康子が、康子が…殺されちゃった…」
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そう言って男が泣き崩れ、あとは言葉にならない。そこで一緒にいた男が続ける。
「この人の奥さんが殺されてるんです。そこの風呂屋の裏のアパートです。すぐに来てください」
それを聞いた巡査は本署への報告を相勤者に頼み、3人とともに現場のアパートへと向かった。
道中で聞くと、夫の名は坂田道夫(仮名、以下同)といい、現在27歳。自宅で洋服仕立て業を営んでいるとのことだった。アパートで妻の康子さん(25)と、娘の千代ちゃん(2)との3人暮らしだと話す。同行しているのは清水夫妻とのこと。
現場アパートは、出入り口の板戸が外されていたが、これは夜に道夫が清水家から帰宅した際に、康子さんを呼んでも返事がないため、送ってくれた清水夫妻と一緒に外したためである。
玄関から室内に入ると、炊事場のコンクリート土間があり、その先は3畳と6畳の2間続きの部屋だ。
奥へと進むと、手前の3畳の部屋にあるベビー箪笥の引き出しが全部開けられており、衣類や書類などが室内に散乱していた。
そして6畳間には、布団が被せられた状態で、被害者の康子さんが仰向けになって倒れている。布団をめくると、首に荷造り用の麻縄が強く4巻きされており、顔面のうっ血がひどいため、一見して絞頚による窒息死であることが見てとれた。
現場保存をしていると、連絡を受けたY署の捜査員が続々と到着する。
部屋の奥は縁側だが、ガラス戸と雨戸は閉められているものの、鍵がかかっておらず、犯人の出入りに使われた可能性が疑われた。
被害者と面識のある者との見立て
当日の行動を聞かれた道夫によれば、彼はその日、家で仕事をした後に夕食を済ませ、午後8時頃に集金と注文取りのため外出していたという。そこで2軒の相手先を回った彼は、最寄りのS駅に戻ると、妻子へのみやげにバナナを購入。外出ついでに1杯飲もうと思い立ち、仕事仲間であった清水さんの勤め先に行き、2人でK町の焼き鳥屋に行っている。
その後、N町の清水家へ立ち寄り、彼の妻の智美さんも交えて3人で再び酒を飲む。そこでふと時計を見ると午前1時になっており、驚いて帰ろうとしたが、道夫が酔っていてふらふらのため、清水夫婦が自宅まで送り届けていた。
その際に、アパート玄関の板戸の鍵が施錠されていたため、板戸を外して室内に入ったところ、変わり果てた康子さんを発見したのである。
この供述については、清水夫婦の記憶も共通していた。また、室内を捜索した結果、月末に生地問屋に納めるため箪笥にしまっていた現金12万円と、6畳間の柱にかけていたカメラと腕時計がなくなっていることが判明する。
一見したところ、死体は少なくとも死後2、3時間は経過しているようだが、その時刻の周辺は人通りも多く、大きな声を出せば近隣に聞こえるはずである。こんな場所でこのような大胆な犯行が行えるのは、被害者と面識のある者に違いないとの見立てがなされた。
道夫に、自宅に出入りする者の心当たりを尋ねたところ、彼は言う。
「裏口から入ってくるといえば、生地問屋でセールスをしているKしかいない。彼は最近、競馬に凝っていて、だいぶカネに困っていると聞いた。Kならカネのある場所もよく知っているはずなので、調べてほしい」
すぐに捜査員が確認のための内偵捜査に動いたが、道夫が話したような競馬の話は出てこない。どちらかといえば謹厳実直な性格であるとの評判ばかりだった。また、当日のアリバイも確認されたため、Kについては、間もなく捜査線上から外されることになる。
それと同時に、捜査本部のなかで、道夫の供述や態度にわずかな疑問が生じていた。彼がKの名を挙げたのは、故意に捜査の目を逸らそうとしたのではないかというのである。また、普段の営業状況から、道夫が話していた現金12万円が、本当にそこにあったのかという疑問もあった。
手紙を残して夫が失踪…
もう1つ。解剖後の遺体引き渡しの際の道夫の様子にも疑問の声が上がる。康子さんの両親や姉妹が慟哭するなか、派出所に駆け込んだ際にあれほど泣き崩れていた道夫が、ひとり棺の傍から離れ、涙一つこぼさずに、死体から顔をそむけるように佇んでいたのだ。だが、当日の夕方以降については、道夫が話した通りのアリバイが確かにあった。また、解剖で出された死亡推定時刻も、彼が自宅を出てからの時間の範囲内なのである。
そんななか、事件から3日後に予定された告別式の日の早朝、道夫は手紙を残して失踪してしまう。ノートを破いた紙片に鉛筆で走り書きされた手紙には、次の言葉が記されていた。
《康子といっしょに、僕も行きます。(娘の)千代のことはよろしく頼みます》捜査本部はすぐに手配をかけて道夫の行方を捜したが、一向に見つからない。
その2日後、捜査本部に1通の投書が届く。消印は都内のS郵便局で、前日に出されたものだ。
その手紙は便箋3枚に鉛筆で書かれていたが、封筒に入っていたのは、上下半分に切断された下の部分だけ。そのため、次のような断片のみの文面だった。
《が少なくてカメラと時計捜査員はこのなかの〈カメラと時計〉との言葉に着目する。投書の差出人は犯人か、そうでなくとも、事件について重要なカギを握っている人物に違いない。《かと思って、N坂下の川
捨てた、本当だ》
さらに重要な発見があった。便箋に付着した指紋を調べた結果、対照可能な2つの指紋を検出。それが道夫のものと一致したのだ。
だがその一方で、書かれた文字の筆跡は道夫のものとは異なるとの鑑定結果が出ていた。そうなると単独犯ではなく、複数犯の可能性も視野に入れなければならない。
その2日後、この投書の上の半分が、とある新聞社の投書整理箱から発見された。消印は捜査本部に送られたものと同じで、一緒に投函されたようである。
両方の投書を継ぎ合わせてみると、だいたいの意味が読み取れた。
それは、真犯人は俺たち5人組で、初夏の頃から計画を立てて犯行の機会を狙っていた。N駅から電車に乗り、道夫に睡眠薬をかがせたのだ。盗ったカネは仲間で分配したが、俺は配分が少なく、カメラと時計をもらったが、足がつくと思い、N坂下の川の中に捨ててしまった、というもの。
しかし、現場の様子から判断して、5人もの人手を要したとは考えられないこと、カメラと時計のことを除いてはデタラメな内容であることなどから、捜査本部は指紋が残っている道夫に対する疑惑を、さらに強める結果となった。
強盗を装って室内を荒らし…
そこで留守宅への張り込みとともに、道夫の写真を貼った手配書を作り、これを潜伏の可能性が高い都内の盛り場を中心とした、付近一帯の簡易旅館と連れ込み旅館に手配した。すると、その日の深夜にはI町にある連れ込み旅館から、「手配書の人相に類似している男が投宿した」との電話連絡が入った。直ちに捜査員が現場に急行し、本人であることが確認されたことから、翌朝に捜査本部へ任意同行したのである。
当初は、「事件には一切関係ない」とシラを切っていた道夫だが、指紋のことを持ち出されると抗することができない。昼までには犯行のすべてを自供したというのが、一連の流れだ。
結婚と同時に独立して、自宅で商売を始めた道夫だったが、理想と現実は異なり、手元にあった開業資金を使い果たし、借金するようになっていたという。
そんなことで気が滅入っているところに、康子さんが月賦で購入したミシンのセールスマンと仲睦まじく話している姿を見て、ふたりの関係を邪推してしまう。実際にはそういう事実はないにもかかわらず、嫉妬心をこじらせてしまったのだ。
「どうせ商売がうまくいかないなら、康子を殺して、自分も死んでしまおう」
そう考えた道夫は、うたた寝をしていた康子さんに馬乗りになり、首を絞めて殺害する。だが、大それたことをしてしまった後になり、自分で死ぬのが怖くなってしまったのだと、涙ながらに話す。
そこで強盗を装って室内を荒らし、持ち出したカメラと時計を川に捨てると、その後、酔ったことを口実に清水さんを誘い、遺体発見に導いたというのだ。
ところが、大がかりな捜査活動に慌てて、後追い自殺を装って家出。考えあぐねた末に、昔の友人を頼り「警察にやってもいないことで疑われている」として、偽の手紙を書いてもらい、投函したのだった。
痛ましい事件の蓋を開けてみると、己の感情の赴くまま凶行に走り、いざ事を起こしてからは大罪に怯え、その場しのぎの偽装を行ったという、捜査員もあきれる犯行だったのである。
小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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