2014年9月5日のWBC世界フライ級王座防衛戦も同じだった。八重樫が闘ったのは〝ロマゴン〟ことローマン・ゴンサレス。39戦全勝33KO(当時)、世界トップ中のトップの強打者だった。9ラウンドTKO負けを喫したこの試合を、八重樫は引退会見で最も印象深い試合に挙げている。理由は「楽しかった」からだ。KOされた試合が楽しかったとは、どういう意味なのか。
八重樫「相手は無敗。勝った試合の映像しかないから突破口が分からないんです。どの試合も参考にならなくて、自分で〝正解のない正解〟を掴みにいかなきゃいけない。いろいろ考えて、一生懸命練習した。バチバチに打ち合った試合そのものだけじゃなく、試合に向かう日々、恐怖心と闘いながら『もしかしたら、いけるかも』と自分に期待ができる、そういう時間全部が楽しかったですね」
その姿勢はまさに探求者だ。本人によると岩手県出身なのも大きいという。
八重樫「南部鉄器の職人さんがそうですけど、岩手の人間は職人気質というか、一つのことをコツコツと掘り下げるタイプが多いんです。有名なスポーツ選手は少ないけど、文学の世界に石川啄木、宮沢賢治がいる。自分と向き合う性格なんですかね」
八重樫はボクシングと、ボクサーである自分を掘り下げた。負けも多かったが、ボクシングが嫌になったことは一度もないという。
YouTubeでの“ガチスパー”が話題に
八重樫「試合のあるなしでモチベーションが変わるタイプじゃないんです。海外の選手の試合を見て『こういう動きをやってみたい』と練習したり、意欲とか向上心は常にありました。理想のボクシングを追い求める中で、そこに辛いとか、苦しいという感情はなかったですね。最初は世界チャンピオンになれるなんて思ってなかったし、お金がほしいわけでも、有名になりたいわけでもなかった。結局はボクシングが好きなんです。それに尽きます」
引退後も、そのボクシングに対する真摯さは様々な形で我々に届いてきそうだ。引退発表の少し前には、大学の先輩でもある内山高志(元WBA世界スーパーフェザー級王者)とのYouTubeでの〝ガチスパー〟が話題になった。内山のボディーブローで、八重樫はアバラを折っている。
八重樫「(手抜きなしの勝負は)先輩が望んだので、後輩としてはいくしかない(苦笑)。それに、ああいうのは一生懸命やらないと面白くないですしね。お笑い芸人はふざけたことを一生懸命やるじゃないですか。我々がボクシングをやるのも同じで、一生懸命やらないと伝わらない。そこは試合と同じです。人に何か伝えるには、一生懸命やってこそだと思うので」
たとえYouTubeでも、八重樫東はあくまで八重樫東らしさを失わないのだ。
(文/橋本宗洋 企画・撮影/丸山剛史)
八重樫東(やえがし・あきら)
1983年、岩手県北上市出身。アマチュア時代に数々のタイトルを獲得し、2005年にプロデビュー。11年にWBA世界ミニマム級、13年にWBC世界フライ級、15年にIBF世界ライトフライ級の王座を獲得。今年9月に現役引退を発表した。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。
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