天皇賞・秋「伝説の10頭」前編 女帝エアグルーヴ、世紀末覇王オペラオーら平成の名勝負5選

③エアグルーヴ(1997年)
女帝のプライド! バブルガムフェローを競り落とした「20年ぶりの快挙」

エアグルーヴ

「牝馬は牡馬の一線級には敵わない」という古い常識を、その美しさと圧倒的な強さで粉砕したのが1997年のエアグルーヴだ。

前年のオークス馬であり、前走の札幌記念では男馬を蹴散らして参戦。立ちはだかるのは、連覇を狙う前年の覇者バブルガムフェローだった。名手・武豊を背に、エアグルーヴは終始バブルガムフェローをマークする形でレースを進める。

直線、満を持して抜け出したバブルガムフェローに、エアグルーヴが襲いかかった。2頭が並んだまま、火の出るような叩き合いが続く。最後は女帝の執念が勝り、クビ差競り落としてゴール。

牝馬による天皇賞・秋制覇は、1980年のプリテイキャスト以来、実に17年ぶり(秋開催の2000メートルでは20年ぶり)の壮挙。日本競馬界における「強い牝馬の時代」の扉をこじ開けた、伝説の一戦である。

④スペシャルウィーク(1999年)
武豊が吠えた! 不振のダービー馬が意地で見せた「魂の復活劇」

スペシャルウィーク

前年のサイレンススズカの悲劇から1年、武豊騎手の手綱に導かれて府中の杜で歴史的な雪辱を果たしたのが、1999年のスペシャルウィークだ。

この年の春、天皇賞・春を制したものの、宝塚記念でグラスワンダーに惨敗。秋初戦の京都大賞典でも7着に沈み、「スペシャルウィークは終わった」と容赦ない批判を浴びていた。しかし、名将・白井寿昭調教師と武豊は諦めていなかった。

極限まで仕上げられた漆黒の馬体。レースでは後方待機策をとり、直線で大外へ持ち出すと、猛然と追い上げる。先に抜け出したセイウンスカイやステイゴールドらを次元の違う末脚で一気にごぼう抜き。ゴール後、武豊が珍しくド派手なガッツポーズを見せた。

当時の日本レコードとなる1分58秒0での復活劇。ダービー馬の誇りと執念が、最高の形で結実した瞬間だった。

⑤テイエムオペラオー(2000年)
全包囲網を切り裂いた!「世紀末覇王」テイエムオペラオーが魅せた絶対王者の執念

テイエムオペラオー

2000年の日本競馬界は、1頭の怪物の前にひれ伏した。その名はテイエムオペラオー。
この年、京都記念から数えて重賞5連勝中。誰もが「打倒オペラオー」に血眼になり、この天皇賞・秋でも他陣営からのマークは極限に達していた。

和田竜二騎手を背にしたオペラオーは、直線で完全に前を塞がれ、万事休すの絶望的な状況に追い込まれる。しかし、ここからが“覇王”の真骨頂だった。一瞬の隙間を見つけると、オペラオーは強引に馬群を割り、力ずくで突き抜けた。迫るメイショウドトウをクビ差抑えての劇的な勝利。

この勝利で天皇賞春秋連覇を達成し、そのまま有馬記念まで「年間無敗(8戦8勝)・GⅠ5連勝」という前人未到の伝説へと突き進んだ。どんな包囲網をも力でねじ伏せる、絶対王者の執念が光った名勝負だ。

【天皇賞・秋の名勝負・後編】へ続く

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【天皇賞・秋】

1905年創設の「エンペラーズカップ」が前身で、37年に春は阪神、秋は東京の年2回開催となり、同年秋のレースが第1回天皇賞とされる。戦後の47年に「平和賞」として復活し、同年秋に現在の名称へ改称。優勝馬主には天皇楯が下賜される。

84年にGⅠへ格付けされ、同年秋から距離は芝2000メートルに短縮。その後、4歳馬、地方馬、外国産馬、外国馬、セン馬と出走資格が段階的に広がった。スピードに加え、瞬発力と持久力を兼ね備えた絶対能力が問われる、中距離の頂点を決める一戦だ。