世界王者より"一人の男"でありたかった――辰吉丈一郎「負けても逃げへん」魂の生き様【スポーツ界"男気列伝"】

辰吉丈一郎(撮影・ディック・トーマス・ジョンソン)

損得抜きに夢を追い、いざという時には身銭を切って弱者を救う――スポーツ界には、そんな男気を体現する者たちがいる。シリーズ「スポーツ界"男気列伝"」。今回は、網膜剥離という致命傷を乗り越え、負けても逃げずに戦い続けた元世界王者、辰吉丈一郎を振り返る。

「浪速のジョー」は、リングの外でも筋を通した

ボクシング界で「男気」という言葉がこれほど似合う男はそう多くないだろう。

辰吉丈一郎――トレードマークの短髪、鋭い眼光、歯に衣着せぬ発言。まるで不良漫画から飛び出してきたような風貌だったが、その生き方は驚くほど一本気だった。

「負けても逃げへん」

この精神を、辰吉はリングの内外で貫き続けた。世界王者になっても、ケガでどん底へ落ちても、世間から「もう終わった」と言われても、彼は決して言い訳をしなかった。

浪速が生んだ"ジョーイズム"とは、勝つことではない。倒れても立ち上がることだった。

「世界王者より前に、一人の男でありたい」

1991年、辰吉はデビューからわずか8戦目で世界王座を獲得する。日本ボクシング界でも異例のスピード出世だった。

ファイトスタイルはもちろん、その破天荒なキャラクターも人気を集めた。だが、本人はスター扱いされることを好まなかった。

「チャンピオンやから偉いんやない」

そんな考えを持ち続け、取材でも飾らず、思ったことをそのまま口にする。良くも悪くも、嘘がつけない男だった。だからファンは辰吉を信用した。

網膜剝離――誰もが引退を勧めた

1993年。辰吉は網膜剝離を発症する。ボクサーにとっては、選手生命を左右する重大な故障だ。

医師も周囲も引退を勧めた。それでも辰吉は諦めなかった。治療を続け、リングへ戻る道を探し続ける。批判も浴びた。

「危険すぎる」
「命が大事だ」

それでも本人は、自分が納得するまで戦うことを選んだ。この決断には賛否があった。しかし、自分の人生を他人に決めさせないという姿勢は、まさに辰吉らしかった。

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