武豊――名馬に愛され、名馬を愛した競馬界最後の"男前"すぎる流儀【スポーツ界"男気列伝"】

最も名馬に愛された男!

損得抜きに夢を追い、いざという時には身銭を切って弱者を救う――スポーツ界には、そんな男気を体現する者たちがいる。シリーズ「スポーツ界"男気列伝"」。今回は、オグリキャップからキタサンブラックまで、数々の名馬に愛され、名馬を主役に立て続けた名手、武豊を振り返る。

オグリキャップが教えてくれた「スター」の重み

競馬ファンでなくても、「武豊」の名前を知る者は少なくないだろう。長きにわたり彼は、日本競馬界の顔であり続けてきた。

だが武豊の凄さは、勝利数ではない。名馬に選ばれ続けたことである。

1990年、有馬記念。社会現象となっていたオグリキャップの引退レースの手綱を託された若き武豊は、まだ21歳だった。競馬ブームの真っただ中。一挙手一投足がニュースになる。普通なら、その重圧に押し潰されてもおかしくない。

しかし、武は平然としていた。派手なガッツポーズもしない。

「馬が一番頑張った」

その謙虚な姿勢は、デビューした頃から何も変わらなかった。スターである前に、馬への敬意を忘れない。これが武豊というジョッキーの“男気”なのである。

スペシャルウィークと築いた"信頼"

「1999年、スペシャルウィークは日本総大将、国内最強と言われながら、宝塚記念・有馬記念でライバル・グラスワンダーに競り負ける敗戦を経験した。それでも武は決して馬を責めなかった。勝てば馬を称え、負ければ自分の責任。騎手としては当たり前かもしれないが、それを30年以上続けられる人間は少ない。競馬関係者らが『武さんなら任せられる』と言う理由は、そこにあったとも言えるのです」(競馬担当記者)

ディープインパクトは"相棒"だった

2005年には日本中がディープインパクトに熱狂した。無敗の三冠馬、歴史的名馬――その背中には、いつも武豊がいた。

勝ったあとも「ディープが強かった」。この一言のみ。自分が主役になろうとせず、名馬を引き立てる。競馬界では「馬を主役にできる騎手ほど一流」と言われるが、武豊はまさにその代表格だった。

ディープが引退した翌2006年の有馬記念。スタンドを埋めたファン以上に、寂しさを募らせたのは武本人だったのかもしれない。

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