伊東四朗90歳で引退へ…「電線音頭」「デンセンマン」は今ならアウト?

就職全滅から人気者への道

伊東の歩みは、決して順風満帆の出発ではなかった。本人はコメントで、高校卒業時に受けた就職試験にすべて落ち、失意のなかで芸能界に拾われたと明かしている。

1958年に軽演劇一座「笑う仲間」で喜劇役者としてのキャリアを始め、1961年には三波伸介、戸塚睦夫とぐうたらトリオを結成。翌年「てんぷくトリオ」に改名してテレビに進出し、昭和のお笑い界をリードした。

1976年には前述の番組でブレーク。その後も連続テレビ小説『おしん』の父親役や、高視聴率を獲得したバラエティ番組『伊東家の食卓』の父親役を務めるなど、笑いにも芝居にも通じる稀有な存在となった。

締めくくりは浅草の舞台

日刊スポーツによると、表舞台での最後の仕事は、今年8月31日と9月9日に東京・浅草公会堂で行われたトークショーだったという。東京・下谷(現・台東区)生まれの喜劇人が、浅草のステージで締めくくったことになる。

ドラマでも近年、時代劇専門チャンネルの『三屋清左衛門残日録』シリーズや、7月に配信されたPrime Video『犯罪者』で与党の重鎮議員を演じるなど、第一線で活動していた。文化放送のラジオ番組は、来年6月12日の放送で幕を閉じる。

「笑いは時代を最も映すもの」が持論の伊東は、若い頃から、喜劇俳優として動けなくなれば潔く身を引くと語っていたという。90歳まで、あと約8カ月。コメントの結びは「観させていただき、聴かせていただきます」、そして直筆の「皆さん ありがとーッ!」だった。

デンセンマンが踊った昭和から半世紀。笑って降りる喜劇人に、今度はこちらが「ありがとう」と返す番だ。

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