伊東四朗90歳で引退へ…「電線音頭」「デンセンマン」は今ならアウト?

伊東四朗

「いい爺ィになりました」――。10月1日、喜劇役者の伊東四朗(89)が、来年6月15日の90歳の誕生日をもって芸能活動を引退すると発表した。所属事務所を通じたコメントには、「眼、耳、脳、腰、膝…」のすべてが急速に退化したとの理由が綴られていたが、そこにどこか笑いが漂っているのが、いかにも伊東らしい。

そして報道のなかで、代表作の一つとして改めて触れられたのが「電線音頭」である。あの"阿呆の狂騒"は、令和の今ならどう扱われるのか。まずは、伝説の誕生から振り返りたい。

電線音頭は社会現象だった

舞台は1976年10月にスタートしたバラエティ番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!!』。当時人気絶頂のキャンディーズと、伊東四朗、小松政夫という異色の組み合わせが、お茶の間に一大ブームを巻き起こした。

伊東の「ベンジャミン伊東」というコーナーから生まれたのが、漫画家・石ノ森章太郎がデザインしたヒーロー、デンセンマン(「電線マン」と表記する媒体もある)だ。彼が踊る「電線音頭」は社会現象になったとされる。

伊東本人は後年、あれほどの阿呆キャラはテレビ史にもないと振り返っている。ヒーローの姿をしながら、やることは全力の阿呆。この落差こそが、日本中を巻き込んだ笑いの核心だった。

「今ならアウト」を考える

では、この笑いは今ならアウトなのか。

当時の熱狂ぶりを伝えるのが、同じ番組から生まれた小松政夫の「しらけ鳥音頭」にまつわる逸話だ。真似をした子どもたちがこたつの上で踊り出し、親に叱られる事態が全国で頻発したと伝えられている。今なら「子どもが真似すると危ない」といった声が上がるかもしれない。

一方で、デンセンマンの笑いは、筆者の目には、特定の個人や属性を笑いものにするではなく、意味より勢いで押し切るナンセンスな狂騒に映る。現在の基準で問題視される余地はあっても、半世紀前の笑いを今の物差しだけで「アウト」と断じるのは難しいのではないか。むしろ失われつつあるのは、笑いそのものより、笑う側の余裕なのかもしれない。

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