松下洸平は"画家"を目指していた! 一本の映画で覆った進路【芸能人"運命の分岐点"】

歌って、演じて、絵も描ける!

芸能界には、時に「別の道でも一流になっていたのでは?」と思わせるスターがいる。俳優でシンガーソングライターの松下洸平も、その一人だ。

NHK連続テレビ小説『スカーレット』(2019年)で十代田八郎役を演じて以来、その端正な佇まいと確かな演技力は多くの視聴者を惹きつけたが、実は少年時代の彼は歌でも演技でもなく、画家を目指していた。

画家である母のもとで幼少期から油絵に親しみ、美術系の高校では油絵を専攻。本人いわく「美術の仕事がしたくて、その夢だけを追いかけていた」というほど、絵の道に本気で向き合っていたという。

もし、あのまま絵筆を握り続けていたら、松下洸平の名前は舞台やドラマではなく、画廊やアートシーンで語られていたかもしれない。

画家の母のもとで始めた油絵

松下は1987年、東京都八王子市生まれ。画家である母親の影響で、幼少期から自然と絵筆を握るようになったという。中学からはダンスも始めたが、絵への情熱は途切れることなく、美術系の高校に進学すると本格的に油絵を専攻した。

高校3年生になっても「美大進学を見据えていた」語るほど、絵の道以外は考えていなかったという松下は、10代の多感な時期をキャンバスと向き合うことに費やしていた。

一本の映画が変えた進路

ところが、高校3年生のある日、転機が訪れる。たまたま観た映画『天使にラブ・ソングを2』の劇中歌に心を揺さぶられ、「歌手になりたい」という思いが突然芽生えたのだ。

翌日には母に「美術の道を辞めて歌手になる」と告げたという。それまで美術一筋だった息子の急な決意に母は驚き、「なりたいと言ってなれる職業ではない」「考え直したらどうか」と何度も衝突したと本人は振り返っている。

ただ、最終的には自身も表現の道を歩んできた母が松下の意志を尊重し、音楽の専門学校への進学を許した。美大進学へ向けて重ねてきた鍛錬を手放し、まったく畑違いの音楽の世界へ――それが松下洸平にとって、人生最大の分岐点だったのである。


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