倉本聰さん死去…『北の国から』五郎さんの子育ては令和なら賛否? 黒板家の生きづらさ

『北の国から』はさまざまな問題を投げかけた

あの父親の生き方は、いまの時代にも受け入れられるのだろうか――。

『北の国から』(フジテレビ)など数々の名作を手掛けた脚本家の倉本聰さんが、9月18日、多臓器不全のため自宅で亡くなった。91歳だった。倉本さんが理事長を務める財団が9月28日に発表した。葬儀は近親者のみで執り行われ、11月3日には北海道・富良野演劇工場で「お別れの会」が予定されているという。

1981年に放送が始まった『北の国から』は、北海道・富良野の麓郷を舞台に、黒板五郎と子どもたちの純、蛍が暮らす姿を描いた作品だ。田中邦衛さんが演じた五郎は、子どもを思いながらも、決してスマートではない父親だった。だが、令和の視点で作品を見返すと、その不器用な愛情は別の側面も浮かび上がらせる。

理想の父親像とは違う五郎

物語の始まりで、五郎は妻・令子に去られ、純と蛍を連れて東京から富良野へ移り住む。都会の生活を離れ、電気もガスも水道もない生家での暮らしを始めた親子。子どもたちは、それまで当たり前だった生活とは大きく異なる環境に向き合うことになる。

五郎の行動の根底には、子どもたちを育てたいという思いがある。しかし、その選択が純や蛍にとって常に望ましいものだったとは限らない。父親の決断によって暮らしが大きく変わり、子どもたちもまた、その影響を受けながら成長していく。

五郎は多くを語らず、時に強引に物事を進める。自分の信じる生き方を子どもたちにも求める姿は、当時なら「自然の中でたくましく育てる父親」と映ったかもしれない。一方、現在の価値観で見れば、子ども自身の意思や心理的な負担をどこまで考えていたのか、疑問を抱く人がいても不思議ではない。

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