サクラバクシンオーからアグネスデジタルまで…競馬記者が選ぶスプリンターズS名場面前編

④タイキシャトル(1997年)
世界が平伏した最強マイラーが中山の坂で見せた「王者の底力」

タイキシャトル

マイルCSを圧勝し、圧倒的な最強馬として1997年のスプリンターズSに臨んだ外国産馬タイキシャトルは、岡部幸雄騎手を背に単勝1.9倍の圧倒的1番人気に支持された。

しかし、レースは一筋縄ではいかなかった。重馬場の中山競馬場、直線で先に抜け出したスギノハヤカゼが粘り込みを図り、タイキシャトルは一瞬、万事休すかと思われた。だが、ここからが「世界王者の証明」だった。

中山の急坂を駆け上がる際、タイキシャトルはギアを上げると、泥を跳ね上げながら爆発的な加速を披露。終わってみれば後続に1馬身4分の3差をつける完勝だった。翌年にはフランスのジャック・ル・マロワ賞を制し、世界の頂点に立つことになる怪物が、スプリント戦でも格の違いを見せつけた歴史的一戦だ。

⑤アグネスデジタル(2001年)
芝もダートも、マイルもスプリントも! “万能の天才”が演じた異次元の強襲

アグネスデジタル

「真のオールラウンダーとは何か」――その答えを出したのが2001年のアグネスデジタルだ。

この前年にはマイルCSを制し、直前にはダート最高峰の南部杯を圧勝。そしてマイル路線から、一気に1200メートルの電撃戦へと殴り込みをかけてきた。専門家の中には「さすがに忙しいのではないか」という声もあったが、四位洋文騎手とのコンビは冷静だった。

レースは、快速馬たちがハイペースで引っ張る展開。アグネスデジタルは中団の後ろでじっと脚を溜めると、直線で大外へ。そこからの末脚は凄まじかった。

瞬く間に先行各馬を飲み込み、最後はメジロダーリングをきっちり捉えて優勝。芝・ダート、距離の壁を一切無視して勝ちまくる姿に、当時のファンは「これこそ怪物」と狂喜乱舞した。

【競馬記者が選ぶスプリンターズS名場面後編】に続く

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【スプリンターズS】

1967年に当時の3歳以上馬にとって唯一となる芝1200メートルの重賞として誕生した。1984年のグレード制導入時はGⅢ、1987年からはGⅡとして行われていた。欧米で見られるようなスプリンター系のための大レースを開催することによって、競走距離体系をより明確に、一層の充実を図る観点から1990年からGⅠレースとなり、1994年からは国際競走となった。当初は暮れの中山開催で行っていたが、2000年からは秋の中山開催の最終週へ移り、現在では春の高松宮記念とともにベストスプリンターを決定する最高峰のレースとなっている。