涙のドラフト事件が生んだ溝…桑田真澄×清原和博「KKコンビ」40年の絶縁物語【有名人 不仲の真相】

桑田が明かした"絶縁"

しかし、こうした対応はファンやメディア用であって、舞台裏ではすでに2人の関係は冷え切っていた。

「その最たるものが、薬物事件で逮捕された清原に関する桑田の発言です。2016年2月、清原が覚醒剤取締法違反容疑で逮捕された直後、取材に応じた桑田は『3年ぐらい前から電話もしていない』などと語り、『あのときも言うことは言った。でも、あのあたりから電話もしていない』と告白。『(清原が)僕のことをどう思おうが彼の自由』などと突き放すような発言もあり、疎遠であることとを認めたのです」(同)

「桑田だけは許さない」の真意

また、確執は清原サイドの証言としても伝えられ、引退後のテレビ企画でPL学園の同窓会が開かれた際、「桑田が来るなら俺は出ない」とゴネて、結局桑田が招待されなかったとの情報も一部が報道。

2012年のCM共演で"KKコンビ"が復活した際も、裏では「一緒に並びたくない」などと写真撮影を嫌がっていたことや、逮捕後には周囲に「桑田だけは絶対に許さない」と漏らしたとの話も一部メディアで報じられた。

ただ、2人の関係は常人にはおよそ理解の及ばないものだとも見られている。

「それを示すのが、桑田の発言です。2024年、巨人の2軍監督を務める桑田はデイリースポーツのインタビューで『彼がいなかったら、僕の20勝もなかったでしょうしね』と語り、清原との絆の深さを改めて口にしている。ドラフトの号泣から40年。栄光と因縁を分かち合った2人の関係は、単純な『不仲』の一言では語り尽くせない、複雑な物語なのかもしれない」

確執と尊敬を併せ持つ相手――それこそが “永遠のライバル”なのかもしれない。

【関連】「最多9本塁打」清原和博の伝説 1試合3発と「甲子園は清原のためにあるのか!」の真実【夏の甲子園不滅の記録⑤】
【関連】【有名人 不仲の真相】 アーカイブ